おらしょ こころ旅

Vol.367

祈りの地層のなかで

2021年8月9日 公開

父の仕事で長崎にやってきたのは小学校に入学する数年前のことでした。

引っ越し先は、通う予定の小学校の近くで、自宅から見える丘の上にはキリシタン墓地がありました。

周辺にはカトリック信者の家も多く、日曜日の朝はミサから帰ってくる人たちの姿をよく見かけました。

クリスマスイブに近所の友だちと一緒に浦上天主堂に行き、マリア様が描かれたカードを神父様からもらったことを今でもおぼえています。

小学校に入学して高学年になると、社会科見学で長崎原爆資料館の前身である長崎国際文化会館の原爆資料室に何度かでかけました。

廃墟と化したまちの姿や、被爆した人たちの写真を見た日はなかなか食事が進まず、布団に入っても怖くて眠れませんでした。

カトリック信者でも戦争体験者でもないのに、敬けんな祈りや原爆の悲惨な記憶が年を追うごとに地層のように心に積み上がっていくようでした。

地元を離れていたときも8月9日には忘れることなく黙祷を捧げました。午前11時2分に立ち止まることができないときもこの日のどこかの時間で冥福を祈りました。

戦争の歴史の風化や、被爆体験を伝える語り部の方々の高齢化などが課題となるなか、開催される被爆76年目の平和祈念式典。

原爆投下時刻を告げるサイレンや鐘の音は、人々の心にどのように響き渡るのでしょうか。

 

(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)

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