Vol.3
2014年7月14日 公開
この時季、ラジオの音楽番組で雨をテーマにした曲をよく耳にしますが、何をやっていても手を止めて聴いてしまうのが『雨に唄えば』。同名の映画を観たのは中学生のときでした。この映画が日本で公開されたのが1953年ですから、そのときはたぶんリバイバル上映だったのでしょう。
前日まで一緒に行く予定だった同級生が風邪で行けなくなり、一人とぼとぼと入った映画館。これから観る映画がミュージカルとあって、14歳の少年は一番後ろの端っこの席に沈み込むようにしてスクリーンを見つめていました。
ハリウッド映画がサイレントからトーキーへと移り変わる時代のスター誕生物語。映画制作の舞台裏をコミカルに描いた内容はとても魅力的なものでした。
圧巻だったのが、主人公ドン(ジーン・ケリー)が土砂降りの雨の中で歌いながらタップダンスを踊るシーン。それがあまりにもかっこよすぎて少年はもう一度観ることにしました。
当時は客の入れ替えなしの2本立て。映画館を出たときはもう薄暗くなっていて、遠くから鐘の音が聞こえてきました。それが大浦天主堂の“お告げの鐘”だと知ったのはずいぶんあとになってからのことでしたが、その美しい鐘の音が映画の記憶とともにしっかりと心に残っています。
その日を境に少年の憧れは、パイロットからタップダンサーへと変化するのですが、それもさほど時間がかかることもなく「007のジェームズ・ボンド」を経て「エレキの若大将」、さらに「ビートルズ」へとまるでアジサイの花の色のように移り変わっていったのでした。
ゆらゆらと揺れていた思春期の少年のなかに次々と芽生えていった好奇心。窓をつたう雨粒を見ながら聴く『雨に唄えば』が、もう戻れない、でもいつまでもキラキラと輝くあのまぶしい時代をよみがえらせてくれるのです。
(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)