Vol.267
2019年9月2日 公開
8月も終わり9月に入りました。
今年の夏もいろいろなことがありましたが、とくに印象に残ったのがこの話題。
原爆で倒壊した旧浦上天主堂にあったとされる被爆十字架がアメリカのオハイオ州にあるウィルミントン大学平和資料センターから浦上教会に返還されたというニュースでした。
被爆十字架は、祭壇背後の装飾の一部として飾られていたものらしく、原爆が投下されたときは天主堂内の別の場所に保管されていたそうです。
高さは約90cm、横約30cmの木製で、終戦後に長崎に進駐したアメリカ軍人のウォルター・フック氏が発見し、当時親交のあった山口愛次郎カトリック長崎司教が彼に譲り渡したものでした。
フック氏は1982年にこれを同センターに寄贈。同センターが5月に返還を申し出て実現したもので、8月9日に浦上教会で行われた平和祈願ミサで祭壇に奉納されたそうです。
原爆投下後の瓦礫の中から十字架を発見したときフック氏は何を思ったのでしょうか。
山口カトリック長崎司教はどのような想いでそれを彼に託したのでしょうか
そしてフック氏はどのような気持ちで十字架を守り続けてきたのでしょうか。
時代を超え、国境を越えて受け継がれてきた被爆十字架は、今も原爆の悲惨さ、戦争の非道さを訴え続けています。
その中から私たちがくみ取らなければならないことはただひとつ、「不戦を貫く」ということ。
それ以外にはないように思うのです。
(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)
平戸島の南東、佐世保港沖に位置する黒島にある教会堂である。【登録資産グループ/黒島の集落】
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
明暦3年(1657)603人の潜伏キリシタンが発覚した大事件「郡崩れ」に関係する。