Vol.24
2014年12月8日 公開
「長崎駅前に不思議な塔のある建物のできよるらしか」「その話ならうちの父ちゃんから聞いたばい」「へえー、何の建物やろか」「たしか教会ってお母さんは言うとったけど・・・」。その教会が完成したのは1962年。小学校の昼休みか下校途中か定かではありませんが、同級生とこのような話をした記憶があります。
その頃、浦上地区に住む少年にとって、長崎駅前はとなりのとなりのとなりの、そのまたとなりのまちぐらい遠い存在で、浜町のデパートに買物に連れて行ってもらうときに通過する場所という認識しかありませんでした。
遠方から汽車で来るお客さんを出迎えるのは長崎駅ではなく浦上駅。だから長崎駅あたりまで一人で行くことはありませんでした。「ひとさらいのくるぞ」という大人たちの軽い脅しが、子どもの無謀な行為の歯止めになっていたのでしょう。
それでも建物の完成後、S君は一人で歩いて見物に行ったそうです。そして、親に怒られるのが恐くて行かなかった連中に取り囲まれながら、こう話してくれました。「粘土で固めたような細長い塔に宝石のようなもんがいっぱいついとった」。
久しぶりに訪れた西坂の丘。公園のベンチから聖フィリッポ教会を見ると、そこにS君が話してくれた風景がありました。あの日はきっと一人不安で、建物に近づくこともできずにこのあたりから眺めていたのでしょう。親に怒られてもいいから一緒に行けばよかった。彼は今どうしているのかな。教会の上に広がる青空を見ながら、無性にS君に会いたくなったのでした。
(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)