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长崎

万聖堂跡 万圣堂遗址

万圣堂是长崎的第一座教堂,建于1569年。这里便是它的遺址所在地。(“万圣堂”日文名为“トードス・オス・サントス”,取葡萄牙文“Todos os Santos”音译而来,意思就是“所有圣徒”。)
当初,日本第一位吉利支丹(自16世纪至明治时代日本的基督教徒)大名(日本封建时代的领主)大村纯忠(1533-1587)的家臣“长崎甚左卫门纯景”将这处遗址所在的土地赐给路易士·德·阿尔梅达(Luis de Almeida, 1525?-1583)。路易士原本是一名商人,后来成为了耶稣会的传教士。将在这片土地上的佛寺改造成教堂的,则是1556年来到日本并写下大量有关这个国家著述的耶稣会神父加斯佩·维列拉(Father Gaspar Vilela, 1525?-1572)。自16世纪90年代晚期开始,这里先后出现过一座神学院、一所教会学校以及一个金属活字印刷所。此外,1602年到1605年间,本地还曾有过一家修道院。及至1612年,有马氏的领地“岛原藩”摒弃了基督教,“有马神学院”随后搬到了这里。
1620年,在幕府下令全国禁教的6年之后,万圣堂被拆除,代之以一座禅宗寺院——春德寺。现存寺院建于江户时代(1603-1868)晚期,但寺内水井的历史被认为或许可以追溯至教堂还健在的16世纪晚期或17世纪早期。

相关人名及术语(将鼠标放在图标上可以显示读音及概要)

アルメイダ(ルイス・デ・アルメイダ)

[あるめいだ] 1552年に来日し、1583年に天草で没するまで日本で活動したイエズス会士。医学に通じ、豊後府内に病院を設立して日本人に西洋医学を伝えた。

コレジヨ(コレジオ)

[これじよ(これじお)] イエズス会巡察使のヴァリニャーノが設立した聖職者の養成学校。神学、宗教学、哲学、自然科学、ラテン語など高等教育を行った。

聖人

[せいじん] 殉教者およびキリスト教信者として、深い信仰に生きた人たちの聖徳がローマ教皇から公式に認められて与えられる称号で、聖人の列に加えられるのが「聖人」、福者の列に加えられるのが「福者」。

セミナリヨ

[せみなりよ] 現在の小神学校。キリスト教を学習し、司祭や修道者を養成する学校。当時はラテン語とともに、音楽や絵画も教えた。

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