おらしょ こころ旅

被登录的资产

长崎

旧出津救助院

・多罗神父为了帮助当地女性自立,于1883年建立的一处就业帮扶机构。
・由职业介绍所、通心粉工厂、沙丁鱼网工厂等建筑组成,让当地信徒在此从事制粉、制面等工作,生产各种商品。
・多罗神父还从国外运来了建筑工具和农具等,并利用图解等方式,传授当地人使用方法。
・职业介绍所为木石结构的两层建筑,带有地窖。通心粉工厂为砖砌建筑,内外涂有灰泥。沙丁鱼网工厂是一座带地窖的木骨架砖砌平房建筑,南侧玄关前立有一堵石墙,用以挡风。
・如今,这些建筑作为介绍当地历史和文化,体验当时的生产作业的设施向公众开放。

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漆喰

[しっくい] 瓦や石材の接着や目地の充填、壁の上塗りなどに使われる建材で、大浦天主堂や出津教会堂などの表面に塗られている。

信徒発見

[しんとはっけん] まだ禁教が明けていない1865年、長崎の外国人居留地に創建された大浦天主堂において、浦上の潜伏キリシタン数人が約250年ぶりに神父に信仰を告白したできごと。

ド・ロ(マルク・マリー・ド・ロ)

[ど・ろ] パリ外国宣教会の宣教師。1868年に教区司祭として長崎に上陸。大浦天主堂にて石版による教理書の印刷などを行った後、1879年から外海の主任司祭として赴任、救助院の設立など様々な福祉活動を行った。建築への造詣も深く、出津教会堂と大野教会堂の建築を手がけた。

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