平戸藩における三界萬霊塔の建塔は、1639年、「浮橋主水事件」をきっかけに、京都大徳寺住職江月和尚の指導により、平戸藩内にキリシタンが存在しないことを示すために立てられたと伝えられている。獅子、根獅子、飯良、度島、生月島など、キリシタン信仰が浸透した地域で多く建立されていることから、信仰を隠すためのカモフラージュに利用されたのでは?と考えられている。
春日集落にある三界萬霊塔のそばには最近作ったと見られる小さな立て看板があり、そこには「みんなを守ってくれた石塔です」と手書きで記されている。
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Nothern Nagasaki Prefecture Inherited scenery
平戸藩における三界萬霊塔の建塔は、1639年、「浮橋主水事件」をきっかけに、京都大徳寺住職江月和尚の指導により、平戸藩内にキリシタンが存在しないことを示すために立てられたと伝えられている。獅子、根獅子、飯良、度島、生月島など、キリシタン信仰が浸透した地域で多く建立されていることから、信仰を隠すためのカモフラージュに利用されたのでは?と考えられている。
春日集落にある三界萬霊塔のそばには最近作ったと見られる小さな立て看板があり、そこには「みんなを守ってくれた石塔です」と手書きで記されている。
文章:河村規子
Following the ban on Christianity in Japan, Mt. Yasumandake came to acquire deep significance for Hidden Christians in the surrounding area; one can see its form from far out on the ocean.
Kasuga village remains in much the same state as it was in the sixteenth century. Its natural environment has hardly changed since the Sengoku period, and the livelihoods of the village’s inhabitants also remain the same as they have been for centuries
“Maruoyama” is a hill where an early Japanese Christian graveyard was excavated. It sits amid terraced rice fields.
Nakae no shima is a tiny, uninhabited island where Christians were once martyred. It came to acquire profound significance for local Hidden Christians, who crossed raging waves in order to collect the water which seeps out from its rocks.
After arriving in Sotome, Father de Rotz came up with a new way of building walls. These walls have become known as “doro kabe” (“de Rotz walls”) and were made using stones from the local area. They have the air of southern Europe.
An award awaits those who make the climb
A cemetery which tells of the Christian belief in the resurrection of the body
Camellia flowers have, in the past, been used by Japanese Christians to represent the Virgin Mary. They grow wild on Goto, which has a long history of producing camellia oil
An early Japanese Christian tombstone which looks like a semi-cylindrical column that has been laid down. An epitaph has been engraved using the Roman alphabet, with the Christian era date and the name of the Japanese era written alongside one another.
Christian burial methods sometimes help to manifest beliefs which lie at the very heart of the Christian faith
Searching for the roots of Nokubi and Funamori
The remains of Nokubi and Funamori villages are linked by a rugged trail, which the island’s Christians walked for over 100 years.
The cultural landscape of the Ojika island group has been designated as an Important Cultural Landscape by the Japanese national government. Much of the landscape remains as it has done for centuries, and so does the warmth and the kindness of the people who live there.
Nagasaki is an area with a strong culture of quarrying as a means of livelihood. The high-quality Goto stone that was used to build Kashiragashima church is used elsewhere for paving slabs and walls.
Sakitsu village is an unusual mix of East and West
A place where people tilled the land so that children could live, and where people prayed
トードス・オス・サントス教会は、長崎で初めて建った教会である。
当時使われた井戸には、今も水が湧き出ている。
墓石の取調べは厳しく、疑わしいものはすべて破壊された。
以降、自然石を置いただけの文字も模様もない墓に葬った。
出島に収容されたオランダ人が催した年に一度の大宴会「阿蘭陀冬至」は、実はクリスマスのお祝だった。
キリシタンたちはバスチャンが残した4つの予言を信じて、250年もの間、親から子へと信仰を継承していった。
椿が長崎や五島のキリシタンゆかりの木として大切にされる所以は、バスチャンの伝説にあった。
キリシタンを祀る神社は日本でも珍しい。
枯松神社では年に一度、キリスト教と仏教、かくれキリシタンが、共に祈りを捧げる。
教会や救助院をつくったド・ロ神父は、農業にも力を注ぎ、女性たちに土づくりから指導した。
小学校の建替え工事で発見された教会の地下遺構。
ライトアップされた遺構の中に地下室や排水溝、石畳など教会の跡が確認できる。
旧天主堂に飾られていた高さ2mのマリア像は原爆により破壊され、焼け跡から頭の部分だけが見つかった。
終戦から4ヶ月後のクリスマス、戦後初めての鐘が浦上一帯に鳴り響き、信徒たちを勇気づけた。
山林に囲まれた大きな岩。それは、年に一度だけ、見張りを立てて、オラショを声に出して唱えた場所だった。
外海赴任から35年、外海のためにすべてを捧げたド・ロ神父は、自らが造成した野道共同墓地に眠っている。
大きくて堅い豆腐や素朴なまんじゅうは、
カトリック集落に伝わる昔ながらの味
椛島の潜伏キリシタンは誰一人カトリックに復帰せず、
禁教時代の信仰を守り続けた
シスターが鳴らす黒島天主堂の鐘
透き通ったその音色の秘密とは・・・
昭和初期の堂崎天主堂の公式初聖体式が
報道写真家によって写真におさめられていた
匿名の信者から贈られた大浦天主堂の鐘は
約1m四方のフランス製
旧五輪教会堂の正面脇につながる九州自然歩道は
かつて信徒たちが利用していた里道
樹齢250年以上といわれる巨大サザンカは
西彼半島からの移住者が持ち込んだもの
一時は耕作放棄地となっていた「ド・ロさま畑」。今は息を吹き返し、賑やかな交流の場となっている
信徒発見や放虎原殉教記念碑など、数々の大作を残す中田秀和氏は五島生まれのカトリック
禁教期、3つの組に分かれて信仰を守り通した﨑津集落。その時代の資料は﨑津資料館「みなと屋」で見ることができる
多くの人が見学に訪れる日本二十六聖人殉教記念碑。実は碑の裏側にもこんな作品が!
黒島天主堂の祭壇に敷かれている美しい有田焼のタイル
なんと、五島列島のとある場所でも使用されていた!?
計画から4年の歳月を費やして建設された田平天主堂
資材を信徒が担いで登った道は、とても険しかった
Center of Nagasaki Prefecture/Western Nagasaki Prefecture
今から400年以上も前に横瀬浦で歌われていたラテン語聖歌が、西海市の小学生の歌声で甦った
1600年頃に天草の教会で使われていたのは、竹筒を使ったパイプオルガン
とても心地よい音色だったという
﨑津集落の風景や文化を語るとき、必ず登場する「カケ」と「トウヤ」って、何のこと?
﨑津集落や今富集落を歩いていて気づくのが、玄関に飾られているしめ縄。一年中外さないのはなぜ?
グーテンベルク印刷機を使って印刷された「天草本(ルビ:あまくさぼん)」。ローマ字書きの「伊曽保物語(イソップ物語)」なども出版された
2018年4月にオープンした春日集落の案内拠点施設では、歴史を受け継ぐ「語り部」たちと交流できる