今から100年ほど前、日本の文学界に大きな足跡を残した5人の詩人・歌人が九州を旅し、その紀行文「五足の靴」が新聞に連載され話題を呼んだ。その5人とは、与謝野寛(鉄幹)、太田正雄(木下杢太郎)、北原白秋、吉井勇、平野万里。まだ草履や下駄履きの時代に靴を履いて旅した、ハイカラでロマンチストな文学青年たちである。
この5人の旅のハイライトは、キリシタンゆかりの地である天草。地元の人から「パアテルさん」(教父さん)と親しまれていたフランス人のガルニエ神父をたずねることであった。1912年8月10日、5人が大江教会を訪問。神父は、当時の世話役に冷たい水をくんで来るように命じ、「上へおあがりまっせ」と天草弁でもてなした。その後、畑の中から出土した潜伏キリシタンのクルスを見せた。杢太郎はその場でスケッチを描き、このスケッチをもとにした挿し絵が、白秋が2年後に出版した「邪宗門」で使用されたという。キリシタンのまち天草での出来事は彼らの作品に影響を与えた。
現在、大江教会の敷地には吉井勇の新旧二つの歌碑が隣り合って建っている。写真右の古い歌碑には『白秋とともに泊りし天草の 大江の宿は伴天連(バテレン)の宿』と刻まれている。