黒島の信徒の先祖は、江戸時代後期、生月や外海、五島などから、さらなる新天地を求めて黒島にやってきた移住者たちである。しかし島の土地には限りがある。明治時代になると、子どもたちに分ける土地がなくなり、信徒たちの生活は次第に苦しくなってきた。その状況を見た黒島教会のラゲ神父は田平に土地を買い取り、そこに信徒を移住させることにした。さらに田平以外にも佐世保や平戸、松浦などにも移住し、新しい祈りの家を建てていった。
かつて黒島は、「クロス(十字架)」が訛ってそう呼ばれるようになったという説があったが、江戸時代以前の資料にすでに「黒島」と書いてあるため、語源にクロスのゆかりはないと思われる。しかし信徒たちの移住の歴史をたどると、黒島はそのクロスロード上にあり、やはり「クロスの島」と言えるようである。