おらしょ こころ旅

五島列島

浦頭教会堂から九州自然歩道を歩いて樫の浦へ

2022年1月12日 公開

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浦頭教会堂は、大村藩から五島へ移住した信徒たちがいち早く住み着いた平蔵(ひらぞう)地区にあります。移住後、密かに信仰を守っていた信徒たちですが、1868年(明治元)には久賀島に引きつづきキリシタン迫害が本格化した場所です。初代の教会堂が1888年創建され、2代目の教会堂は鉄川与助の設計・施工により1921年に完成、当時は平蔵教会と呼ばれていたそうです。

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コンタツ堂

浦頭教会堂のすぐ近くにあるコンタツ堂さん。土日だけの営業なのでこの日はクローズ。残念!教会を訪れる方の休憩所や地域のコミュニティーのほか、ロザリオ、ストラップ、キリスト教の書籍、お店の方が製作されたステキな切り絵などを販売されています。

住所
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営業時間
休日
徒歩 すぐ
浦頭教会堂(1)

コンタツ堂の前の坂道をトコトコと登って、着きました!白亜のモダンな姿が印象的な浦頭教会堂は、旧約聖書のノアの箱舟をイメージしたものだそうです。鳥が羽を広げたようにも見えますね。

住所 五島市平蔵町2716
電話番号
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営業時間
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徒歩 すぐ
浦頭教会堂(2)

違う角度から見てもステキです。中には入れませんでしたが、外から見るとステンドグラスもきれいな雰囲気です。堂内も見学したかったなぁ。

住所
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料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
浦頭教会堂(3)

教会の保護者は、使徒聖ペトロと聖パウロ。こちらは聖ペトロ像。手に大きな鍵を持っています。ペトロは、キリストの最初の弟子となった人物で、イエスに最も愛された弟子ともいわれています。兄と漁をしているところをイエスにスカウトされたことから、漁師町の教会にはよくペトロの像があります。

住所
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料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
浦頭教会堂(4)

浦頭教会堂は敷地も広く、大きな建物も立っています。修道院もあるようですね。感心したのは手入れの行き届いた庭木や花々。特に植木は上手にカットされていました。

住所
電話番号
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料金
営業時間
休日
徒歩 30分
対岸に浜脇教会堂が見えた!

海沿いの景色がきれいな道を歩いていると、海上に養殖の施設がありました。マグロの養殖かな?と思って見てると、対岸に白い教会堂を発見!久賀島の浜脇教会堂です!なんだか嬉しくなりました。歩いたからこそ、気づける風景ですね。

住所
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URL
料金
営業時間
休日
徒歩 10分
樫ノ浦

海沿いの道をしばらく歩くと、静かな漁師町がありました。小さな港ですが、漁船の姿や、近くには潜水関係の会社などもあり、明るい雰囲気のいい漁港です。この地区の名物は天然記念物の巨大アコウということなので、足を伸ばしてみることに。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 3分
樫ノ浦のアコウ巨木

到着するなり、その大きさにびっくり。五島列島ではあちこちでアコウの木を見ますが、その中でも巨大なアコウです。説明板には九州最大級と書かれています。10mを超える大きな幹回りと、無数の細い枝が絡み合った姿が、長い年月を感じさせます。神様が潜んでいるような、そんな神秘的な雰囲気が漂っていました。

住所
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料金
営業時間
休日
徒歩

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  • 大自然の造形美を堪能

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  • ブレル神父の足跡

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  • 殉教地に描かれた椿

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  • 聖堂に流れる静かな時間

    山道を10分ほど歩くと、旧五輪(ごりん)教会が見えてきます。古い学び舎を思わせる素朴な聖堂で海の音を聞きながら、しばし静かな時間を過ごします。

  • 久賀島へ上陸

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  • 美しい五島を感じる

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  • 地域らしさが息づく二つの教会

    地元の皆さんが6年かけて制作した三井楽(みいらく)教会のステンドグラス。隣接する雑木林から木材を切り出してつくった貝津(かいつ)教会。地域らしさが息づく二つの祈りの場をめぐります。

  • 福江港から三井楽教会へ

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