おらしょ こころ旅

Casual excursion

Nothern Nagasaki Prefecture

生月の舘浦集落にある殉教地・千人塚へ

2024.5.15

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平戸市生月の舘浦(たちうら)の土地の守り神である比売(ひめ)神社が、毎年祇園祭や例大祭で神輿巡礼の際の御旅所にしているのが、キリシタンの殉教地、千人塚。20年ほど前までは、山田集落のかくれキリシタンの人たちが中江ノ島参りの際には立ち寄っていたという歴史ある場所です。

Route introduction

Route

舘浦の海岸

住所
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Walk 5分
舘浦の街並み

住所
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休日
Walk 5分
八体龍王

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Walk すぐ
生月大橋と安満岳

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休日
Walk 5分
御旅所

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Walk すぐ
殉教地・千人塚(1)

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殉教地・千人塚(2)

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Walk

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    前回に引き続き小値賀島をぶらり。小値賀島は潜伏キリシタンの歴史を刻む野崎島のほか、遣唐使の時代からアジア貿易の要衝として栄え、後には捕鯨やアワビ漁でも賑わいました。夏は島が一番美しい季節。自然の風景を楽しみながら、小値賀の歴史スポットをたずねました。

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    夏と言えば島旅、ということで小値賀島をぶらりと散策。小値賀島は属島の野崎島の集落跡が世界遺産の構成資産にもなっている信仰の島。野崎島の野首集落に立つ旧野首教会が有名ですが、野崎島が無人島になってからは、小値賀の祈りの場は小値賀教会堂になり、今も厳...

  • 鹿子前から九十九島観光公園「眺望の丘」へ

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    県北のカトリックの教会は、外海や平戸、五島などの潜伏キリシタンを先祖に持つ信徒たちが移住して建てたものがほとんどです。今回訪ねた大加勢教会も1930年頃外海などから鹿町の炭鉱で働く信徒が集まりはじめ、1931年に約16戸の信徒によって初代の教会が建てられま...

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    今回も「キリシタン大名と少年使節の道」をテーマに歩きます。世界遺産巡礼の道の巡礼路21、ハウステンボスからかつて松浦藩の殿様が歩いた道、平戸往還を通って波佐見町まで歩く、少しハードではありますが風情あふれるコースです。めざす波佐見町は天正遣欧少年使...

  • 西海橋のうず潮を満喫してハウステンボス町へ

    今回も「キリシタン大名と少年使節の道」をテーマに歩きます。世界遺産巡礼の道の巡礼路20、西海橋公園からハウステンボス町までのコースです。現在はキリスト教の歴史を伝える遺跡などは残っていませんが、この周辺もかつてはキリスト教が繁栄した地域で、佐世保湾...

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    前回に引き続き「密かな聖地を巡る道」巡礼路2のコースで、今回は春日集落を出発して海岸沿いに広がる根獅子地区まで歩きます。根獅子はキリスト教が平戸に初めて布教された当時、住民全員が信徒になったと伝わっており、今も禁教令時代の悲しい殉教史跡やカクレキリ...

  • 夏の終わりの春日集落

    今回から「密かな聖地を巡る道」巡礼路2のコースが始まります。生月からバスで生月大橋を渡り、橋のたもとの白石バス停から世界遺産の構成資産にもなっている春日集落をめざして歩きます。春日集落散策の拠点施設「かたりな」で軽く休憩したあと、丸尾山の頂上まで登...

  • ダンジク様に手をあわせて、島の館へ

    今回は「密かな聖地を巡る道」巡礼路1の最後のコース。鉄川与助氏の設計で完成した美しい山田教会堂を見学後、生月のキリシタンの聖地の一つ、ダンジク様を訪ね、そして海岸沿いの絶景を見ながら、ゴールの平戸市生月町博物館 島の館まで歩きます。

  • 川内峠で深呼吸して、生月島の殉教地へ

    世界遺産巡礼の道の「密かな聖地を巡る道」巡礼路1は、平戸港交流広場から城下町を通って川内峠、その後バスで生月にわたり、生月島の殉教地を訪ねるコース。今回は九州自然歩道を通りながら、川内峠から信仰の島、生月島にわたり、生月キリシタンの聖地を訪ねます。

  • 平戸城下のキリシタンルート

    長崎県に初めてキリスト教が伝わった平戸市は、世界遺産巡礼の道のスタートでもあります。「密かな聖地を巡る道」の巡礼路1は、平戸港交流広場から城下町を通って川内峠、その後バスで生月にわたり、生月島の殉教地を訪ねるコース。今回は最初に歩く城下町からキリ...

  • 平戸の城下町をぶらり

    今週から平戸方面をぶらりと旅します。平戸は長崎県で初めてキリスト教が伝わり、繁栄したまちで、禁教期になっても多くのキリシタンが厳しい弾圧の中で信仰を守り続けた歴史があります。「世界遺産巡礼の道」は平戸港交流広場がスタート地点になっていますが、今回...

  • 船の時間まで、お土産選びと手作り体験

    3月から5回連続でご紹介した黒島巡礼。改修されて新たな輝きを放つ天主堂をはじめ、グリーンスローモビリティや蕨展望台からの景観、御朱印巡り、信仰復活の地までの風情ある山道など、新しい黒島の魅力を発見できました。最後は、黒島観光協会の新たな取り組みの一...

  • 根谷のサザンカとアコウを見ながら、信仰復活の地へ

    対馬暖流の影響を受けて、暖かい気候の黒島。常緑照葉樹が濃い緑の葉を茂らせ、島全体が黒っぽく見えることから「黒島」と名付けられたとも言われています。今回は、そんな黒島に育つ巨大なサザンカやアコウの木を見たあと、黒島で初めてカトリックのミサが行われた...

  • ルルドの広場から、マルマン神父が眠る共同墓地へ

    五島列島や奄美王島、伊王島などで宣教を行い、1897年黒島天主堂の建設を使命として黒島教会に赴任したフランス人のマルマン神父。天主堂建設の費用が嵩み、一時フランスに帰国するも、終生を黒島で過ごし、1912年黒島で司祭やシスターたちに見守られながら天に召さ...

  • 春風を感じながら、黒島で御朱印めぐり

    「御朱印」といえば、一般的には神社や寺に参拝した証としていただくものですが、黒島では黒島天主堂、黒嶋神社、興禅寺の3スポットの御朱印台紙(印刷、日付のみ手書き、黒島ウェルカムハウスで配布)をいただくことができます。2020年11月に黒島で開催された御朱印...

  • 時速20km、グリーンスローモビリティで黒島を満喫

    世界遺産「長崎・天草の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である黒島の集落。今回は、地域おこし協力隊として黒島に赴任中の榎本さんの案内で、2021年12月から導入された、黒島観光協会の新しい取り組みの一つ、グリーンスローモビリティ(時速20km未満で公道を走る...

  • 相浦港からフェリーで、九十九島最大の黒島へ上陸

    佐世保市から西へ約12km、佐世保本土と平戸島南端部のほぼ中間地点に位置する黒島は、全部で208の島があるという九十九島の中で一番大きい島です。江戸時代のキリスト教禁止令により、外海から五島に逃れた信徒たちが、新たな移住地を求めて目指した島の一つでもあり...

  • 佐世保の「無窮洞」から三浦教会堂へ

    かつて海軍鎮守府が置かれていた佐世保には、今も無線塔や防空壕など戦時中の史跡がいくつも残っています。針尾の無線塔や戸尾市場の防空壕などは有名ですが、今回は比較的あまり知られていない巨大な手彫りの防空壕「無窮洞」を訪ねてみました。また、佐世保駅近く...

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  • かつてのキリシタン集落を通って前津吉港へ

    今回訪れた飯良町は、キリシタンの伝統を継承しつつ、限られた土地を巧みに利用した昔ながらの集落景観が残っており、島内の宝亀や紐差、根獅子などと共に、重要文化的景観に選定されています。今回はのどかな風景が広がる飯良から中津良周辺を散策したあと、大佐志...

  • 川内峠から山野教会堂へ

    梅雨の晴れ間に平戸島に車を走らせ、緑の大草原が広がる川内峠から、江戸後期に外海から上五島に渡った信徒が再移住したとされる山野地区を訪ねてみました。ほとんど信徒だけが住むという山野集落は、名前の通り、山の中にあります。

  • 平戸で教会&寺院めぐり

    1550年、長崎県で初めてザビエルがキリスト教を伝えた平戸。一時はキリスト教が栄えましたが、松浦藩主は南蛮貿易は歓迎するもキリスト教徒にはならず、城下には寺院が多く建てられました。キリスト教と仏教が混在する風景は、今もエキゾチックな平戸を象徴する風景...

  • 城下町散策後、平戸ちゃんぽん

    1550年、長崎県で初めてザビエルがキリスト教を伝えた平戸。当時は「フィランド」として世界にも知られる国際貿易港でした。今は静かな港町ですが、高台には平戸城がそびえ、昔ながらの町家風建築に統一された街並みが目を楽しませてくれます。南蛮貿易やキリスト教...

  • 根獅子に息づく伝説の地

    根獅子(ねしこ)にあるキリシタン関連史跡にはいくつもの言い伝えがのこされています。その中でも、おろくにん様の言い伝えは、信仰を守り続けてきた根獅子の信徒たちの心に強く刻まれています。今回は、おろくにん様が眠るウシワキの森や切支丹資料館周辺を散策した...

  • 根獅子の昇天石とマリア様

    根獅子は前回訪れた春日集落と同じく、平戸松浦氏の家臣・籠手田氏の所領でした。そのため領民のほとんどがキリシタンとなり、禁教期には多くの殉教者を生みました。今でも根獅子地区にはいくつもの聖地や史跡が残っています。今回は夕暮れに訪れたせいか、根獅子の...

  • 新緑の中、春日集落から安満岳を望む

    平戸には1550年にザビエルによってキリスト教が伝えられ、領主の籠手田氏が改宗したことから 春日集落にもいち早くキリスト教が広まりました。禁教期の春日集落の潜伏キリシタンは山や島を拝むことによって信仰を実践していました。その一つが平戸島最高峰で標高約51...

  • 波の音を聴きながら「だんじく様」へ

    生月島には潜伏キリシタンゆかりのスポットがいくつもありますが、その中でも海沿いにある「だんじく様」は、この近くに潜伏していた両親と男の子の3人家族のキリシタンが捕らえられ、処刑された場所として、聖地とされています。子どもが海岸で遊んでいるところを役...

  • 巨大観音様と生月大橋を眺めながら「島の館」へ

    生月島はキリシタンの歴史はもちろんですが、もう一つ、捕鯨の歴史も大きな特徴です。その両方の歴史資料を保管・展示しているのが平戸市生月町博物館「島の館」。今回は、生月のシンボルでもある巨大観音様と生月大橋を眺めながら「島の館」をめざします。

  • 生月島をのんびり散策、山田教会堂へ

    生月島は1588年にガスパル・ヴィレラ神父によって布教が始まると、現在の黒瀬の辻には巨大な十字架が立ち、山田地区には600人ほど収容できる大きな教会堂があったといわれています。前回ご紹介した黒瀬の辻殉教地から山田教会堂まで、のんびり歩いてみました。

  • 「ふれあい広場」から歩いてガスパル様の墓へ

    平戸市中心部から車で約30分。水色の生月大橋が架かる生月島は、キリシタンの歴史が息づく祈りの島。長崎県でいち早くキリスト教が伝えられ、キリシタン文化の繁栄をみました。しかし、その後は弾圧や迫害が激しく、多くの殉教者を出しました。生月島を訪ねると島の...

  • 山里に祈りの声が響く木ヶ津教会堂

     今回の平戸のぶらり旅、最後の目的地は木ヶ津(きがつ)教会堂です。宝亀や紐差方面から行くと、木ヶ津漁港のある中心地から2キロくらい先の山の中にあります。木ヶ津地区の信徒は、明治中期に五島や黒島から移住してきた潜伏キリシタンを先祖に持ち、今でも信仰の篤...

  • 宝亀教会堂と亀石様

     禁教期に外海から移住してきた信者の子孫が多く住む宝亀地区。現在の宝亀教会堂は、1898年に平戸瀬戸が見渡せる小高い丘に建てられました。教会堂はマタラ神父の指導で建てられ、平戸に現存する教会堂では最古と言われています。教会堂周辺には「宝亀」という地域...

  • 秋空の下、マタラ神父の墓前へ

     明治以降の平戸におけるカトリックの布教に大きな役割を果たしたフランス人のマタラ神父は、1887年プティジャン神父より平戸・黒島の教区主任を命じられると、赤痢が流行する平戸・生月島に赴任。自身も病を患いながら聖体拝領と洗礼を続けたといわれています。秋...

  • 千里ヶ浜を通って紐差へ

     今月は平戸を代表する紐差教会堂と宝亀教会堂を中心に、その周辺のスポットを訪ねます。まず今週は、平戸を代表する海水浴場、千里ヶ浜を通って紐差地区をぶらり。1885年に初代聖堂が建立されると、潜伏していた信者が続々とカトリックに復帰し、県北の宣教活動の...

  • 相浦教会堂から鹿子前へ

     相浦の信徒は、1906年頃の平戸や現西海市の大島からの移住者に始まります。1938年に信徒の家が仮教会となり、1941年、集会所の名目で教会が建ち相浦教会の歴史が始まりました。高台にそびえる白亜の教会堂は、1960年に建てられたもので、約60年の歳月を経ています。

  • 潮風を感じながら大崎教会堂へ

     明治中期頃、大崎地区に黒島や平戸、五島から信徒が移住し、最初は三浦町教会に通っていましたが、1941年に大崎に仮聖堂が建立され相浦小教区になり、1989年に分離独立した教会堂です。九十九島に突き出た半島にあり、海岸からは正面に大崎教会堂の十字架を望むこ...

  • 話題の万津6区から三浦町教会堂へ

     佐世保市のシンボルとも言える、美しいゴシック建築の三浦町教会堂。創建当時は、1899年に佐世保教会という名称で谷郷町に設立されましたが、信者の急増に伴い、1931年に現在の教会堂が完成しました。再開発で新しい魅力を発信している万津町周辺から徒歩圏内にあ...

  • 大野教会堂から眼鏡岩へ

     佐世保市大野地区には昭和の初期から炭鉱の開発により各地から信徒が移り住み、1961年に初代教会堂、1982年に現教会堂が建てられました。国内に日本二十六聖人に捧げられた教会堂はいくつもありますが、聖ヨハネ絹屋に捧げられたカトリックの教会堂は大野教会堂だ...

  • 天神教会堂の可愛いイエス像

     県内の市町の中でも教会数が多い佐世保市、そのほとんどが移住者によって設立された教会です。天神教会も黒島や五島、平戸などから移住した信徒たちによって作られました。最初の教会堂は1974年に建てられ、その後1986年に現在地に新聖堂が建設されました。入り口...

  • バスで行く春日集落(5) 丸尾山に登って

    春日集落のほぼ中央に、地元の人々が昔から崇拝している「丸尾山」。こんもりとした小さな山で、現在は頂上に石の祠が立てられていて、祭事も行われています。キリシタン時代には聖地として十字架が立てられていたと記されています。今回は、この丸尾山の頂上をめざ...

  • バスで行く春日集落(4) 「かたりな」での語らい

    バスで行く春日集落への旅、今回はいよいよ春日集落に到着です。白石バス停から春日集落拠点施設「かたりな」までの道のりは登りあり下りありの軽いウォーキングコース。生月島を散策した後に少しハードな行程ですが、「かたりな」のおばあちゃんの笑顔にふれると疲...

  • バスで行く春日集落(3) 山田教会堂と黒瀬の辻へ

    前回から引き続き、春日集落へ向かうバスが出るまでの空き時間を利用して、生月島を徒歩で散策。今回は生月島で最も大きな教会の山田教会堂と生月を代表する聖地、黒瀬の辻殉教地を訪ねました。黒瀬の辻からは中江ノ島を望むことができます。

  • バスで行く春日集落(2) 舘浦周辺をぶらり

    前回は長崎から「平戸市生月町博物館 島の館」までの行程をご紹介しました。今回は、それから春日集落へ向かう平戸行きのバス(生月大橋公園前バス停14時11分)が出るまでの空き時間を利用して、生月島の舘浦周辺を徒歩で散策。まちなかに点在するキリシタン関連のス...

  • バスで行く春日集落(1) 平戸新町から島の館へ

    世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ、平戸市の春日集落を訪ねるには車やツアーバスが便利ですが、事前に時刻表等をチェックしておけば公共交通機関を使って訪ねることもできます。そこで今回から5回に分けて、春日集落までのバ...

  • 黒島の信仰復活の地へ

    江戸後期に黒島に移住してきた潜伏キリシタンたちは、大浦天主堂での「信徒発見」一報を受け、命がけで長崎に渡って宣教師に会い、黒島に600人のキリシタンがいることを報告。その後、密かに宣教師が来島し、黒島で初めてのミサが行われたのは1872年のことでした。

  • マルマン神父のお墓へ

    1897年に黒島に赴任して黒島天主堂を建てたフランス人のマルマン神父は、1912年に黒島の地で亡くなるまで全身全霊で黒島信徒の司牧にあたりました。今でも黒島の信徒たちにとって偉大で特別な存在です。今回は、禁教期のキリシタンゆかりの地を巡ったあと、マルマン...

  • 黒島天主堂の資料館へ

    明治になってキリスト教が解禁されると、黒島の集落の全ての潜伏キリシタンはカトリックに復活。フランス人のペルー神父が赴任すると、1878年に木造の教会ができました。その後、1897年に着任したマルマン神父が設計し、現在の黒島天主堂が完成。黒島教会資料館では...

  • 保存修理間近の黒島天主堂へ

    佐世保市相浦桟橋から船で50分で到着する黒島は、かつて潜伏キリシタンが迫害を逃れて各地から移住した地。現在も島民の8割がカトリックという信仰の島です。この日はあいにくの雨でしたが、レンガ造りの荘厳な黒島天主堂はいつもと変わらない姿で迎えてくれました。

  • 山道をたどって、2つの教会堂へ

    今回は平戸島に車を走らせ、布教当時からの信仰の歴史を刻む中野地区や、江戸後期に外海から上五島に渡った信徒が再移住したとされる山野地区を訪ねてみました。ほとんど信徒だけが住むという2つの小さな集落には、今も熱心な信徒たちにより大切に守られている教会...

  • ザビエルゆかりの公園

    フランシスコ・ザビエルは、1550年に平戸に来航。領主松浦隆信の許しを得て、キリスト教の布教に当たりました。その後一旦平戸を離れるものの、短い日本滞在の中で3度平戸を訪ねています。その足跡を後世に残そうと、平戸の崎方公園にはザビエルの記念碑が立てられて...

  • かつての西の都フィランドへ

    16世紀、平戸は『西の都フィランド(Firando)』と呼ばれ、ポルトガルや中国、オランダ、イギリスなどを相手に、貿易港として栄えました。キリスト教を伝えたザビエルも、ポルトガル船に乗って平戸に来航。今でも平戸市内のあちこちには、当時をしのぶ史跡が残されてい...

  • その名は、平戸ザビエル記念教会堂

    日本の美しい教会としても名前の挙がる平戸ザビエル記念教会堂。1913年に創建された平戸教会が最初で、1931年に現在地に建設。1971年に聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂となり、さらに近年、正式名称を「平戸ザビエル記念教会」に改称しました。

  • 松東院メンシアの墓へ

    大村純忠の娘で自身も敬虔なカトリックだったメンシア。政略結婚でキリスト教嫌いの松浦家へ嫁いでからは、棄教をせがまれながらも、頑なに拒否し、信仰を守りつづけました。その陰には、夫久信の深い愛情と理解がありました。今回は、そんなメンシアのお墓を訪ねて...

  • 烏帽子岳をぶらり

    佐世保富士とも呼ばれ、佐世保市内で一番高い山が烏帽子岳。西海国立公園にも指定されている山頂から少し下った標高430mの高台にあるのが烏帽子教会堂。戦後、平戸の紐差地区から烏帽子岳の開拓地に移住した信徒たちのために建てられたという教会堂です。

  • 本陣屋敷が残る江迎へ

    参勤交替の折、平戸藩主が宿泊した一番目の宿(本陣屋敷)が残る佐世保市江迎町。戦後は北松炭鉱の一つとして栄え、信徒も多く移住。最初は炭鉱住宅を仮聖堂として使用していましたが、1952年に地元の景勝地である潜竜ヶ滝から名をとった潜竜教会堂が建てられました。

  • 浅子教会堂から横浦へ

    平戸や黒島、五島、西彼杵半島など、海との関わりが深かった信徒たちは、移住先に海沿いの土地を選んだ人が多かったようです。今回たずねた浅子教会堂や横浦教会堂も海のそばにある教会堂です。

  • 高台に立つ白亜の相浦教会堂へ

    佐世保は1900年代初頭に平戸や西彼杵半島から移住した信徒によって創建された教会堂が多く、戦後は炭坑が始まったことでさらに移住者が増えました。そんな移住の歴史をたどりながら、教会堂をめぐってみましょう。

  • 九十九島を眺めながら船越教会堂へ

    九十九島(くじゅうくしま)を望む高台の展望スポットはいくつもありますが、一番気軽に行けるのが船越展望所。今回はそこからスタートして、高台にある船越教会堂を目指します。

  • 潮風に吹かれて、鹿子前教会堂へ

    九十九島パールシーリゾートがある鹿子前地区には、黒島、平戸、五島から移住して軍関連や漁業に携わる信徒のために1953年に創建された鹿子前教会堂があります。海からの心地よい風を感じながらぶらっと行ってみました。

  • 佐世保のシンボル、三浦町教会堂

    佐世保の駅前にどーんとそびえる三浦町教会堂。昭和6年に建てられ、1945年の佐世保大空襲にも負けず、奇跡的に生き残りました。今回は、そんな佐世保のシンボルとも言える三浦町教会堂をたずねます。

  • 針尾瀬戸を眺めて早岐へ

    佐世保市の東南部にあり、昔から交通の要衝として栄えて来た早岐。2014年にJRの駅がリニューアルして以来、ますます便利な街になっています。今回は、そんな早岐に昭和30年代に創建された教会堂をたずねてみました。

  • 北松炭田で栄えたまちへ

    旧北松浦郡の町と松浦市は、かつて炭坑で栄えたまち。明治中頃、信徒の中にも、外海や黒島、五島などから働き口を求めて移住する人たちが増え、教会堂も建てられました。今回はかつての炭坑のまちに立つ教会堂を訪ねてみました。

  • 海を望む山間にひっそりと…

    平戸市の古江湾を見下ろす山間に立つ古江教会堂。正直、「ぶらり」と行ける教会堂ではなく、山道を車で走っていて、何度も「この道かな?」と不安になりました。でも、たどり着いた教会は、今も信徒さんに大切に守られていることが実感できる教会堂でした。

  • 田平から平戸大橋を通って

    田平と平戸島をつなぐ平戸大橋。今回は、平戸大橋を通って2つの教会を訪ねてみました。どちらも明治中期からの信徒の移住によって創設された教会です。教会めぐりの合間に、平戸瀬戸を眺めながら、おいしいランチをいただきます。

  • 開拓地に建つレンガの教会堂

    今回は、鉄川与助の教会建築の集大成とも言われる田平天主堂を訪ねました。天主堂が建つ瀬戸山地区は、1886年以降、黒島や外海から移住した信徒たちによって開拓された場所です。

  • 鳥が羽ばたく姿の教会堂へ

    今回は佐世保市の中里皆瀬地区へ。江戸時代は平戸往還の中里宿が置かれ、賑わった場所です。明治以降は炭鉱が栄え(昭和中期に閉山)、住宅地の開発が進んだことで、キリスト教信徒も多く移住。1970年に地区の高台に皆瀬教会堂が建てられました。

  • 鄭成功と川内かまぼこ

    宝亀(ほうき)教会堂から川内(かわち)地区へ。鄭成功(ていせいこう)記念館を訪れたあと、名物の川内かまぼこを買って千里ヶ浜(せんりがはま)に向かいます。平戸(ひらど)の海は美しく、陽差しを浴びてキラキラと輝いていました。

  • 心なごむ宝亀教会堂

    マタラ神父の墓がある田崎(たさき)の墓地から宝亀(ほうき)教会堂へ。メルヘンチックな外観とパステルカラーが印象的な堂内、そして建設当時からのこる貴重なステンドグラス・・・。宝亀教会堂の魅力を満喫しました。

  • マタラ神父の足跡を訪ねる

    田崎愛苦会(あいくかい)跡地からさらに山道を車で走り、平戸(ひらど)ふれあいバスの田崎(たさき)公会堂前バス停へ。そこから歩いてマタラ神父が眠る小高い丘を訪れました。

  • 紐差教会堂から田崎愛苦会跡地へ

    根獅子(ねしこ)の浜から紐差(ひもさし)教会堂へ、そして紐差修道院の前身である田崎愛苦会(あいくかい)跡地を訪れました。森の中にのこる古い石垣やさびた金属製の扉が往時をしのばせます。

  • 根獅子にのこる言い伝え

    根獅子(ねしこ)教会跡、ルルドのマリア様、昇天石(しょうてんせき)など、根獅子にあるキリシタン関連史跡にはいくつもの言い伝えがのこされています。それは信仰を守り続けてきたキリシタンの里としてのあかしでもあるのです。

  • ウシワキの森とチチャの木

    平戸(ひらど)市切支丹(きりしたん)資料館を出たあと、根獅子(ねしこ)の浜の昇天石(しょうてんせき)で殉教した人々の遺体をまつったウシワキの森へ。そして母子の悲しい殉教の物語が息づくチチャの木へ向かいました。

  • 平戸市切支丹資料館からスタート

    平戸(ひらど)市根獅子(ねしこ)地区にある平戸市切支丹(きりしたん)資料館。ここには平戸のキリスト教の歴史をはじめ、かくれキリシタンの信仰を物語る数多くの資料が展示されています。この日は夏休み期間中とあって家族連れの姿もありました。海水浴帰りかな。

  • 野崎集落跡を探訪する

    旧野首(のくび)教会から野崎(のざき)集落跡へ。廃村になった集落跡、神官屋敷跡を訪ねたあと、自生する芝生(しばふ)におおわれた草原で出会ったのは野生シカと集落の人々のお墓でした。

  • 野首集落跡にもどる

    舟森(ふなもり)集落跡を散策したあと、急な斜面をのぼって里道へ。行きとは反対にくだりが多いので助かりました。やがて見えてきたのは野首(のくび)海岸、そして旧野首教会。

  • 舟森集落跡を散策する

    足元に気をつけながら急な斜面をおりて舟森(ふなもり)集落跡を散策。小学校の分校跡、教会跡、炊事場跡やさまざまな品々・・・。50年前の暮らしが想像とともによみがえってきます。

  • 野首集落跡から舟森集落跡まで

    旧野首(のくび)教会から険しい山道に入り、のぼりが続く里道をひたすら歩く。息を切らしながら、道しるべに助けられながら約1時間30分、ようやく舟森(ふなもり)集落跡に到着しました。

  • 海をわたり野崎島へ

    笛吹(ふえふき)港から町営船で野崎(のざき)島へ。野崎港から集落跡を通って山道を歩いて行くと、階段状に連なる草原の向こうに、ひとり取り残されたように建つ煉瓦(れんが)造りの教会が見えてくる。旧野首(のくび)教会——その姿は美しくいとおしい。

  • まち歩きを楽しみ、古民家でくつろぐ

    小値賀(おぢか)歴史民俗資料館で野崎(のざき)島のキリシタンの歴史を学び、まち歩きを楽しんだあとは、古民家でゆっくりとくつろぐ。明日は野崎島へ。旧野首(のくび)教会、舟森(ふなもり)集落跡を訪れます。

  • 神島神社、唐見崎をめぐる

    小値賀(おぢか)教会から東へ向かい、700年代に造られたといわれている神島(こうじま)神社、さらに足を伸ばして唐見崎(からみざき)へ。受け継がれてきた島の歴史と文化を堪能しました。

  • 斑島から小値賀教会へ

    佐世保(させぼ)港からフェリーで小値賀(おぢか)島へ。火山でできた島ならではの美しい風景と独自の生活文化にふれながら小値賀教会に向かいます。

  • 平戸口で旬を味わう

    殉教地「焼罪」を訪れたあと、たくさんの食堂が軒を連ねる平戸口へ。新鮮な食材が揃った平戸瀬戸市場でお土産を買って、冬の海を眺めながら旬のグルメを楽しみました。

  • 笑顔の漁師まち

    じっくり歩いてみると、舘浦はほんとうに興味深い。風情あるまちなみや、心やすらぐ風景もそうだが、行き交うお年寄りの笑顔がとても印象的。海から吹く風は冷たくても、通りは温かな人情にあふれています。

  • 迷いながら舘浦あるき

    路地から路地へ歩いていくと、昭和の時代を感じさせる懐かしい通りが現れます。角を曲がれば、お寺があったり、大きな観音様がそびえていたり・・・。漁師まちは出会いがいっぱい。なんだか気持ちがゆったりとしてきます。

  • ガスパル様から山田教会、焼山へ

    大きな十字架がそびえる黒瀬の辻、そのそばにある殉教地ガスパル様、ガスパル様の松で作った十字架がある山田教会、そして殉教地焼山へ。生月の生活文化にふれながら心の旅は続きます。

  • ダンジク様の物語

    「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ」とはこのことでした。海岸沿いにある殉教地までは「急激」とは言っても下り坂。帰りはその逆だから、とにかく登る登る、また登る。息は切れるし、足は上がらない。つくづく年齢を感じた旅でした。でも、訪れてよかった・・・。

  • 「島の館」で生月を知る

    史跡めぐり、まち歩きの前に立ち寄っていただきたいのが平戸市生月(いきつき)町博物館「島の館」。捕鯨やかくれキリシタンの歴史、島の農業や漁業の姿など、生月の魅力にふれてまちに繰り出せば、楽しさ倍増です!

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