おらしょ こころ旅

五島列島

東シナ海の絶景に酔いしれて

2016年12月28日 公開

ぶらり旅(114)東シナ海の絶景に酔いしれて_ph5

青砂ヶ浦(あおさがうら)教会堂から曽根(そね)教会堂、大水(おおみず)教会堂をめぐった今回のぶらり旅。ちょっと急ぎ足でしたが、心休まるルルドを訪れ、おいしいランチをいただき、東シナ海の絶景を堪能した大満足のコースでした。

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ルート紹介
青砂ヶ浦教会堂

背後から見た青砂ヶ浦教会堂もなかなか味わい深い。日本人設計者の手で建設されたレンガ造り教会堂の初期のもので、その後のレンガ造り教会堂の構造、意匠の起点となったというだけあってどこから見ても素晴らしい。国の重要文化財に指定されている。

住所 南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
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5分
曽根教会堂

東シナ海と五島(ごとう)灘を一望できる場所に建つ曽根教会堂。ここでは「五島崩れ」の際に信仰を公にした信徒たちが激しい迫害を受けたという。教会は1881年に創立され、現教会堂は1966年に建てられた。

住所 南松浦郡新上五島町小串郷1028
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
ルルド

1858年、フランスのルルドでベルナデッタという少女の前に聖母マリアが姿を現し、そこに難病を治す奇跡の泉が湧き出たというルルドの泉。曽根教会堂に設けられた洞窟の中にも慈悲深い聖母の姿があった。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
3分
おいしいランチ

曽根教会堂から少し車を走らせたところにあるリゾートホテル。ここで昼食をとることにした。落ち着いた店内でいただいたのはアサリのパスタ。これにサラダとパンがついたランチは大満足。とくにオリーブオイルをつけて食べたパンは格別だった。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
15分
大水教会堂

明治初期の大水には信仰を守る組織や、伝道師の資格を持った信徒がいなかったため、ほとんど迫害を受けずにすんだという。それゆえに信仰復帰は他の地域に比べて遅れたが、1875年頃までには全員がカトリックに復帰、1881年に教会が創立された。現在の教会堂は1985年に建てられたものである。

住所 南松浦郡新上五島町曽根郷大水
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
大水教会堂からの眺め

なんと美しい風景だろう。番岳の山腹に建つ大水教会堂からは壮大な東シナ海を望むことができる。豊かな緑に囲まれた家々やだんだん畑、その向こうに広がる紺碧の海・・・。心が洗われるような絶景に思わず時間を忘れてたたずんでいた。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩

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  • 中通島から若松島へ

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  • 穏やかな入江のそばの聖堂

    猪ノ浦(いのうら)教会堂から焼崎(やきざき)教会堂、真手ノ浦(まてのうら)教会堂、中ノ浦(なかのうら)教会堂へ。人里離れた静かな入江のそばに建つ教会堂は、海とともに生きる信徒たちにとってこの上ない心休まる祈りの場だったのでしょう。

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  • 三つの教会堂めぐり

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  • 大自然の造形美を堪能

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    米山(よねやま)教会堂から足を伸ばして津和崎(つわざき)灯台へ。風は強くて冷たいけれど、紺色の海に浮かぶ島々の景色は素晴らしい。灯台から南に向かう車から見えた野崎(のざき)島。険しい山道を歩いて訪れた舟森(ふなもり)集落跡の思い出がよみがえってき...

  • 山間に建つ赤い屋根の教会堂

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  • 文化的景観の中にたたずむ教会堂

    国選定重要文化的景観にもなっている北魚目(きたうおのめ)。漁業集落と農業集落という二つの対局的な景観の中に、カトリック復帰後の人々が待ち望んだいくつかの教会堂があります。大水(おおみず)教会堂から小瀬良(こぜら)教会堂、江袋(えぶくろ)教会堂を訪...

  • 丸尾教会堂から青砂ヶ浦教会堂

    旧鯛ノ浦(たいのうら)教会堂から丸尾(まるお)教会堂、そして青砂ヶ浦(あおさがうら)教会堂へ。丘の上に建つ教会堂のもう一つの魅力は、そこから眺める家々と海の風景。人々の営みの中に “祈り”が息づいています。

  • ブレル神父の足跡

    いくつかの顕彰碑をめぐってブレル神父やドミンゴ森松次郎に想いを馳せたあと、旧教会堂の下にある鯛ノ浦(たいのうら)教会堂へ。そこから悲しい歴史が刻まれた共同墓地へと向かいました。

  • 旧鯛ノ浦教会堂をめぐる

    長崎(ながさき)港から船で新上五島(ごとう)町の鯛ノ浦(たいのうら)港へ。そこから車で約5分、多くの観光客や巡礼者が訪れる旧鯛ノ浦教会堂を訪れました。

  • 田ノ浦港から奥浦港へ

    牢屋(ろうや)の窄(さこ)殉教地から浜脇(はまわき)教会を訪れたあと、海上タクシーで田ノ浦(たのうら)港から奥浦(おくうら)港へ。今回のぶらり旅の締めくくりは浦頭(うらがしら)教会でした。

  • 殉教地に描かれた椿

    旧五輪(ごりん)教会から風情のある蕨(わらび)地区を通って、五島(ごとう)崩れの発端の地、牢屋(ろうや)の窄(さこ)殉教地へ。悲しい歴史を物語る場所には椿(つばき)が描かれた石のオブジェがありました。

  • 聖堂に流れる静かな時間

    山道を10分ほど歩くと、旧五輪(ごりん)教会が見えてきます。古い学び舎を思わせる素朴な聖堂で海の音を聞きながら、しばし静かな時間を過ごします。

  • 久賀島へ上陸

    三井楽(みいらく)町から奥浦(おくうら)港に向い、海上タクシーで久賀島(ひさかじま)田ノ浦(たのうら)港へ。そこからタクシーに乗って島を走り、さらに山道を歩いて旧五輪(ごりん)教会をめざします。

  • 美しい五島を感じる

    貝津(かいつ)教会から井持浦(いもちうら)教会を訪れ、日本初のルルドを見学し、高浜(たかはま)海水浴場、頓泊(とんとまり)海水浴場を見おろす丘へ。美しい五島(ごとう)を感じる旅が続きます。

  • 地域らしさが息づく二つの教会

    地元の皆さんが6年かけて制作した三井楽(みいらく)教会のステンドグラス。隣接する雑木林から木材を切り出してつくった貝津(かいつ)教会。地域らしさが息づく二つの祈りの場をめぐります。

  • 福江港から三井楽教会へ

    長崎(ながさき)港から高速船で五島(ごとう)列島福江(ふくえ)島へ。おいしいラーメンを味わったあと、ステンドグラス工房に立ち寄り、三井楽(みいらく)教会を訪れました。

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