おらしょ こころ旅

散步之旅

探访基督教相关历史文化遗产群,游览新奇刺激的周边景点的发现之旅。轻松惬意地信步而行吧!

从区域查路线

  • 2024.6.19

    日本二十六聖人上陸の地から時津教会堂へ

    古くは時津街道で賑わった地域であり、日本二十六聖人が京都から処刑地である西坂までを目指す途中、東彼杵から船で大村湾を渡り、時津港に上陸しました。時津港には二十六聖人が上陸したことを示す記念碑が立てられていますが、他にも時津にはキリシタンの歴史の足...

  • 2024.6.12

    生月巡礼のゴールは、ガスパル様をお参りして山田教会へ

    黒瀬の辻殉教地の大きな十字架の裏に回ると、林の中にひっそりとガスパル西の墓があります。墓には目印に松の木が植えられ、禁教期にも大切に守られていました。その松で作られた十字架が、山田教会堂の祭壇に飾られています。

  • 2024.6.5

    あごだしラーメン食べて、クルスの丘へ

    近年、全国的に人気の「あごだし」ですが、平戸市では昔からあごが代表的な特産品で、今も日本有数の産地でもあります。昔ながらの味、ご当地名物のあごだしラーメンも不動の人気。腹ごしらえして、生月巡礼のメインスポットでもある黒瀬の辻に向かいました。

  • 2024.5.29

    可愛い天使が迎える、メルヘンチックな壱部教会へ

    平戸市生月にある壱部地区は、キリシタンで松浦藩の家臣だった壱部氏の旧領地で、潜伏したキリシタンの子孫らによって、1884年に最初の教会が建てられ、現在地の教会は1964年に建てられました。両脇の門柱に可愛い天使が立つ、見た目も可愛い教会堂です。

  • 2024.5.22

    生月のかくれキリシタンの聖地、焼山へ

    平戸市生月は、明治時代になり禁教令が解かれた後もなお、自分たちが密かに守ってきた信仰形態を貫き通したかくれキリシタンの方たちが住んでいた地区が点在しています。今回訪れた焼山周辺もその一つで、焼山の御堂は堺目地区のかくれキリシタンの信仰対象である「...

  • 2024.5.15

    生月の舘浦集落にある殉教地・千人塚へ

    平戸市生月の舘浦(たちうら)の土地の守り神である比売(ひめ)神社が、毎年祇園祭や例大祭で神輿巡礼の際の御旅所にしているのが、キリシタンの殉教地、千人塚。20年ほど前までは、山田集落のかくれキリシタンの人たちが中江ノ島参りの際には立ち寄っていたという歴史...

  • 2024.5.8

    長崎市戸町に残る次兵衛神父の隠れ家へ

    江戸時代、禁教令による厳しい弾圧の中、多くのキリシタンの信仰を支えた日本人司祭トマス次兵衛(別名:金鍔次兵衛)。次兵衛神父が潜伏していた隠れ家として伝承されている場所は外海の山奥の岩洞窟が有名ですが、実は長崎市南部の戸町にも次兵衛神父が隠れ家として...

  • 2024.5.1

    2隻の豪華客船を眺めながら南山手の丘へ

    新型コロナの影響もほぼ無くなり、長崎港には続々と観光船が入港するようになりました。歴史を遡れば、日本初のキリシタン大名によって海外に開かれた長崎港。今回は春風にのって入港した客船を眺めながら、長崎を代表する観光地の一つでもある大浦天主堂と、その周...

  • 2024.4.24

    長崎市唯一の城下町、深堀にある教会へ

    江戸時代、現在の長崎市の中心部は江戸幕府の直轄地(天領)でしたが、深堀地域をはじめ長崎港口にある神ノ島、香焼島、伊王島、高島および外海の樫山、黒崎、出津などは佐賀藩深堀鍋島家が領していました。佐賀藩は大村藩よりも取り締まりが緩かったこともあり、多く...

  • 2024.4.17

    遥か大海原にアンジェラスの鐘が響く、善長谷教会へ

    長崎市深堀地区にある標高350mの城山の山麓、大籠町(おおごもりまち)にある善長谷教会。高台に建つ教会からの眺望は、遮るものが何ひとつない180度の大海原で、「沈黙」の作者、遠藤周作も愛した風景です。禁教期、樫山の潜伏キリシタンの6家族が旅芸人を装いなが...

  • 2024.4.10

    祈りの島・伊王島で岬めぐり

    前回は天草の海に浮かぶ湯島を紹介しましたが、今回は長崎の中心部から約30分、気軽に行ける伊王島をご紹介。今はリゾートホテルが立ちとても賑やかな島になりましたが、天草や外海、三重、樫山などから移住した潜伏キリシタンが密かに祈りを捧げていた歴史があります。

  • 2024.4.3

    湯島の海岸線にある「原城スポット公園」へ

    原城から有明海を眺めると、正面にぽっかり浮かんでいるのが湯島(談合島)。その湯島に行くと、島原半島を望む海岸線に「原城スポット公園」という手作りの小さな空間があります。今回は、峯公園から海岸線を通って港へ戻るコースで、その途中に原城スポット公園に立...

  • 2024.3.27

    高山右近ゆかりの場所を通って、湯島の高台にある峯公園へ

    有明海の天草諸島と島原半島のあいだにある、1周約4キロの小さな湯島。島原・天草一揆の際、島原と天草のキリシタンが集まって戦略を練ったことから、「談合島」とも呼ばれているほか、戦国時代のキリシタン大名、高山右近ゆかりの地やキリシタン墓碑なども残ってい...

  • 2024.3.20

    島原・天草一揆ゆかりの鍛冶水盤が残る、談合島に上陸

    湯島は、島原・天草一揆の際、島原と天草の切支丹教徒らが集まり、湯島の峯の盆地で軍議や決起の準備を行ったといわれています。湯島に残る鍛冶水盤は、寛永14年(1637)10月24日に島原・天草一揆を起す際、軍評談合のかたわら、武器の製造のために鍛冶職人が鉄を鍛え...

  • 2024.3.13

    有明海を望む天草四郎ミュージアムで「愛の鐘」を鳴らして…

    伝説に包まれた天草四郎を中心に繰り広げられた島原・天草一揆。四郎の出身地である上天草市ではゆかりのスポットやモニュメントが各地にあります。その中でも天草四郎ミュージアム(旧天草四郎メモリアルホール)は、一揆が起きた歴史的背景などを映像と共にわかりや...

  • 2024.3.6

    雨上がりの崎津集落をぶらり

    島原・天草一揆で天草四郎が島原へ向けて乗船した地やキリスト教布教期の野呂々地区の教会跡などを訪ねた後、天草四郎ミュージアムへ向かう途中に崎津集落を訪ねました。海の香りがほんのり漂う集落を歩き、優美に佇む天主堂や風情ある崎津諏訪神社の境内などを眺め...

  • 2024.2.28

    かつてのキリシタン集落、都呂々を訪ねる

    熊本県南部の山奥に位置する熊本県天草郡苓北町都呂々町は、昭和31年に苓北町と合併するまでは都呂々村でした。現在は自然が豊かな山間の静かな集落に、500世帯、1200人ほどが暮らしています。訪れたのは2月の中旬、ちょうど暖かくなり始めた頃でした。

  • 2024.2.21

    鬼池港から天草四郎乗船の地へ

    今回から、天草・島原一揆の一揆軍のリーダー、天草四郎のふるさとでもある天草をぶらりと旅します。天草は、いたるところに天草四郎ゆかりのスポットがありますが、まず、鬼池港で天草四郎像にご対面。その後、海岸線を走り、天草四郎が富岡城攻撃をあきらめたあと...

  • 2024.2.14

    セミナリヨ・コレジヨの変遷を年代順にたどると…

    キリスト教が庇護された有馬晴信の治世下、セミナリヨとコレジヨが現在の南島原市に設置されていました。セミナリヨとは修道士育成のための初等教育機関(中学に相当)で、有馬、八良尾、有家に設置。コレジヨはキリスト教の聖職者を育成するための高等教育機関(大...

  • 2024.2.7

    有家のキリシタン墓碑とキリシタン処刑の地を訪ねて

    南島原市は貴重なキリシタン墓碑がたくさん残っているまちとして知られています。中でも有家地区にあるキリシタン史跡公園は市内から発掘されたキリシタン墓碑を集めた珍しい公園です。また、有家には禁教期に捕らえられたキリシタンが処刑された地も残されています。

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