おらしょ こころ旅

散步之旅

岛原、天草路线一览

  • 2025.5.14

    「里阿(りあ)ん」の文字が彫られたキリシタン墓碑

    島原半島は南島原市を中心にキリシタン墓碑が多く発見されていますが、小浜温泉街から少し南にある雲仙市南串山町にも、きれいなキリシタン墓碑が保存されています。レタスの収穫で賑わう里山を眺めながら、「里阿ん」や「慶長十年」の文字が掘られているという板状...

  • 2025.5.7

    小浜グルメを楽しみながら、キリシタンゆかりの地を訪れる

    禁教期、長崎で捕らえられたキリシタンは茂木港から橘湾を渡って島原半島西岸の小浜の海岸に上陸し、そこから歩いて雲仙地獄に向かったと伝えられています。現在の小浜の海岸は広く埋め立てられ、日本一長い足湯や温泉施設、蒸し釜、お土産品店、ジェラート(写真)の...

  • 2025.4.30

    殉教祭を前に、雲仙から耳採へ、キリシタンゆかりの道をたどる

    江戸時代、雲仙で殉教したキリシタンは、長崎や島原などで捉えられたあと、拷問を受け殉教したとされる雲仙地獄まで、過酷な山道を歩き続けました。現在、雲仙には殉教者に捧げられた教会が建てられ、小浜方面と口之津方面からの道が合流する地点には説明板が建てら...

  • 2025.4.23

    新緑の国立公園・雲仙を堪能

    日本初の国立公園として有名な雲仙。四季折々に美しい自然が魅力であると共に、温泉が湧き出る雲仙地獄は、禁教期にキリシタンに信仰を棄てさせるための拷問と処刑がおこなわれた悲しい歴史を秘めています。毎年5月には雲仙殉教祭が執り行われます。

  • 2025.4.16

    千人塚から殉教者記念富岡教会へ

    天草は1614年のアダム荒川の殉教に始まり、島原・天草一揆に参加した多くのキリシタンが原城や天草の地で命を落としました。このうち、約3300人の首を埋却したといわれるのが首塚(千人塚・富岡吉利支丹供養碑)で、その近くにはプロテスタントの教会が天草殉教者記念...

  • 2025.4.9

    天草ロザリオ館と大江教会へ

    先週までは天草にキリスト教が伝わり繁栄した時代の歴史をたどって来ましたが、今回の天草ロザリオ館は、天草での潜伏キリシタンの生活・信仰の様子や文化を今に伝えています。近くに立つ大江教会は、キリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会です。

  • 2025.4.2

    天正遣欧少年使節も学んだコレジヨの跡、天草市河浦町をぶらり

    天草にキリスト教を伝えたアルメイダが上陸し、その生涯を終えた地でもある河浦町。1591(天正19)年には宣教師を育成するコレジヨも設立されました。長崎にコレジヨが移転するまでの約7年間、天正遺欧少年使節の4人をはじめ多くのキリシタンたちが学びました。

  • 2025.3.26

    正覚寺に残る、キリシタン墓碑とナギの木

    天草市上津浦(こうつうら)は、城主がキリスト教を庇護したため、最盛期には約3500人を超える信徒がいたと言われ、天草の中でもキリスト教が栄えた地区の一つです。上津浦城址に近い正覚寺はかつて南蛮寺(教会)があった場所と言われ、キリシタン墓碑や宣教師が植えた...

  • 2025.3.19

    島原・天草一揆の激戦地、祇園橋周辺をぶらり

    天草には島原・天草一揆にゆかりのあるスポットが各地にありますが、その中でも有名なのが天草市の中心部にある祇園橋。1637年、天草四郎率いる一揆軍と富岡城番代三宅藤兵衛率いる唐津軍との戦いで、町山口川の祇園橋を挟んでおびただしい死闘が繰り広げられました。

  • 2025.3.12

    参道の石段に十字の彫りが残る明徳寺へ

    天草五人衆の一人、天草氏の居城、本渡城があった場所には、前回訪れた天草キリシタン館のほか、島原・天草一揆後に、混乱した住民の心を安定させるためと、キリスト教からの改宗を目的に創建された明徳寺があります。興味深い見どころもあり、天草を訪れたなら、天...

  • 2025.3.5

    天草四郎陣中旗を見に天草へ

    綸子地著色聖体秘蹟図指物(りんずじちゃくしょくせいたいひせきずさしもの)、通称「天草四郎陣中旗」は、寛永14(1637)年に起きた島原・天草一揆において、3万7千人ものキリシタン宗徒を率い、12万の幕府軍と戦った天草四郎が使用した軍旗と伝えられ、今も現存して...

  • 2024.12.11

    世界一大きな木彫りのマリア像

    神奈川県藤沢市在住の彫刻家、親松英治氏(90歳)は、若い頃、原城跡を訪れた時、目立った慰霊碑がないことに気づき、1981年ローマ教皇の来日を機にマリア像の制作を決意。それから40年の歳月をかけて彫られた渾身のマリア像を展示した原城聖マリア観音ホールが今年9月...

  • 2024.12.4

    原城跡を眺めながら海岸通りを散歩

    島原・天草一揆で戦った一揆軍のほとんどがキリシタンの農民でした。幕府の兵糧攻めに合う中、一揆軍は海からポルトガル船が助けにきてくれるのを待ちましたが、海からやってきた船は幕府を応援するオランダの船でした。今回はその光景を想像しながら、原城跡を海側...

  • 2024.11.27

    秋の風景と有馬川の殉教地

    キリシタン大名有馬晴信の時代、南蛮貿易等で栄えた有馬の地(現在の南島原市)。長い間、宣教師たちの布教の拠点となりましたが、禁教期に入ってからは厳しい弾圧の舞台となりました。今回訪れた有馬川殉教地も棄教を拒否した有馬直純の3人の重臣とその家族が殉教し...

  • 2024.11.20

    セミナリヨの里に残るキリシタン墓碑

    南島原市は今から450年ほど前にキリスト教の教育機関、セミナリヨが設置された地区で、今もまちのあちこちにセミナリヨゆかりの場所があります。今回訪れた北有馬の八良尾もその一つ。近くには日本唯一となった自然石でできた石橋もあり、歴史のロマンを感じます。

  • 2024.4.3

    湯島の海岸線にある「原城スポット公園」へ

    原城から有明海を眺めると、正面にぽっかり浮かんでいるのが湯島(談合島)。その湯島に行くと、島原半島を望む海岸線に「原城スポット公園」という手作りの小さな空間があります。今回は、峯公園から海岸線を通って港へ戻るコースで、その途中に原城スポット公園に立...

  • 2024.3.27

    高山右近ゆかりの場所を通って、湯島の高台にある峯公園へ

    有明海の天草諸島と島原半島のあいだにある、1周約4キロの小さな湯島。島原・天草一揆の際、島原と天草のキリシタンが集まって戦略を練ったことから、「談合島」とも呼ばれているほか、戦国時代のキリシタン大名、高山右近ゆかりの地やキリシタン墓碑なども残ってい...

  • 2024.3.20

    島原・天草一揆ゆかりの鍛冶水盤が残る、談合島に上陸

    湯島は、島原・天草一揆の際、島原と天草の切支丹教徒らが集まり、湯島の峯の盆地で軍議や決起の準備を行ったといわれています。湯島に残る鍛冶水盤は、寛永14年(1637)10月24日に島原・天草一揆を起す際、軍評談合のかたわら、武器の製造のために鍛冶職人が鉄を鍛え...

  • 2024.3.13

    有明海を望む天草四郎ミュージアムで「愛の鐘」を鳴らして…

    伝説に包まれた天草四郎を中心に繰り広げられた島原・天草一揆。四郎の出身地である上天草市ではゆかりのスポットやモニュメントが各地にあります。その中でも天草四郎ミュージアム(旧天草四郎メモリアルホール)は、一揆が起きた歴史的背景などを映像と共にわかりや...

  • 2024.3.6

    雨上がりの崎津集落をぶらり

    島原・天草一揆で天草四郎が島原へ向けて乗船した地やキリスト教布教期の野呂々地区の教会跡などを訪ねた後、天草四郎ミュージアムへ向かう途中に崎津集落を訪ねました。海の香りがほんのり漂う集落を歩き、優美に佇む天主堂や風情ある崎津諏訪神社の境内などを眺め...

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