おらしょ こころ旅

Balades

Un voyage de découverte, avec des visites de sites du patrimoine historique et culturel chrétien, mais aussi la découverte d`intéressants lieux dans les environs. Allez là où vos pieds et votre esprit vous mènent... et allez-y doucement !

Découvrir les circuits par région

  • 2024.5.15

    生月の舘浦集落にある殉教地・千人塚へ

    平戸市生月の舘浦(たちうら)の土地の守り神である比売(ひめ)神社が、毎年祇園祭や例大祭で神輿巡礼の際の御旅所にしているのが、キリシタンの殉教地、千人塚。20年ほど前までは、山田集落のかくれキリシタンの人たちが中江ノ島参りの際には立ち寄っていたという歴史...

  • 2024.5.8

    長崎市戸町に残る次兵衛神父の隠れ家へ

    江戸時代、禁教令による厳しい弾圧の中、多くのキリシタンの信仰を支えた日本人司祭トマス次兵衛(別名:金鍔次兵衛)。次兵衛神父が潜伏していた隠れ家として伝承されている場所は外海の山奥の岩洞窟が有名ですが、実は長崎市南部の戸町にも次兵衛神父が隠れ家として...

  • 2024.5.1

    2隻の豪華客船を眺めながら南山手の丘へ

    新型コロナの影響もほぼ無くなり、長崎港には続々と観光船が入港するようになりました。歴史を遡れば、日本初のキリシタン大名によって海外に開かれた長崎港。今回は春風にのって入港した客船を眺めながら、長崎を代表する観光地の一つでもある大浦天主堂と、その周...

  • 2024.4.24

    長崎市唯一の城下町、深堀にある教会へ

    江戸時代、現在の長崎市の中心部は江戸幕府の直轄地(天領)でしたが、深堀地域をはじめ長崎港口にある神ノ島、香焼島、伊王島、高島および外海の樫山、黒崎、出津などは佐賀藩深堀鍋島家が領していました。佐賀藩は大村藩よりも取り締まりが緩かったこともあり、多く...

  • 2024.4.17

    遥か大海原にアンジェラスの鐘が響く、善長谷教会へ

    長崎市深堀地区にある標高350mの城山の山麓、大籠町(おおごもりまち)にある善長谷教会。高台に建つ教会からの眺望は、遮るものが何ひとつない180度の大海原で、「沈黙」の作者、遠藤周作も愛した風景です。禁教期、樫山の潜伏キリシタンの6家族が旅芸人を装いなが...

  • 2024.4.10

    祈りの島・伊王島で岬めぐり

    前回は天草の海に浮かぶ湯島を紹介しましたが、今回は長崎の中心部から約30分、気軽に行ける伊王島をご紹介。今はリゾートホテルが立ちとても賑やかな島になりましたが、天草や外海、三重、樫山などから移住した潜伏キリシタンが密かに祈りを捧げていた歴史があります。

  • 2024.4.3

    湯島の海岸線にある「原城スポット公園」へ

    原城から有明海を眺めると、正面にぽっかり浮かんでいるのが湯島(談合島)。その湯島に行くと、島原半島を望む海岸線に「原城スポット公園」という手作りの小さな空間があります。今回は、峯公園から海岸線を通って港へ戻るコースで、その途中に原城スポット公園に立...

  • 2024.3.27

    高山右近ゆかりの場所を通って、湯島の高台にある峯公園へ

    有明海の天草諸島と島原半島のあいだにある、1周約4キロの小さな湯島。島原・天草一揆の際、島原と天草のキリシタンが集まって戦略を練ったことから、「談合島」とも呼ばれているほか、戦国時代のキリシタン大名、高山右近ゆかりの地やキリシタン墓碑なども残ってい...

  • 2024.3.20

    島原・天草一揆ゆかりの鍛冶水盤が残る、談合島に上陸

    湯島は、島原・天草一揆の際、島原と天草の切支丹教徒らが集まり、湯島の峯の盆地で軍議や決起の準備を行ったといわれています。湯島に残る鍛冶水盤は、寛永14年(1637)10月24日に島原・天草一揆を起す際、軍評談合のかたわら、武器の製造のために鍛冶職人が鉄を鍛え...

  • 2024.3.13

    有明海を望む天草四郎ミュージアムで「愛の鐘」を鳴らして…

    伝説に包まれた天草四郎を中心に繰り広げられた島原・天草一揆。四郎の出身地である上天草市ではゆかりのスポットやモニュメントが各地にあります。その中でも天草四郎ミュージアム(旧天草四郎メモリアルホール)は、一揆が起きた歴史的背景などを映像と共にわかりや...

  • 2024.3.6

    雨上がりの崎津集落をぶらり

    島原・天草一揆で天草四郎が島原へ向けて乗船した地やキリスト教布教期の野呂々地区の教会跡などを訪ねた後、天草四郎ミュージアムへ向かう途中に崎津集落を訪ねました。海の香りがほんのり漂う集落を歩き、優美に佇む天主堂や風情ある崎津諏訪神社の境内などを眺め...

  • 2024.2.28

    かつてのキリシタン集落、都呂々を訪ねる

    熊本県南部の山奥に位置する熊本県天草郡苓北町都呂々町は、昭和31年に苓北町と合併するまでは都呂々村でした。現在は自然が豊かな山間の静かな集落に、500世帯、1200人ほどが暮らしています。訪れたのは2月の中旬、ちょうど暖かくなり始めた頃でした。

  • 2024.2.21

    鬼池港から天草四郎乗船の地へ

    今回から、天草・島原一揆の一揆軍のリーダー、天草四郎のふるさとでもある天草をぶらりと旅します。天草は、いたるところに天草四郎ゆかりのスポットがありますが、まず、鬼池港で天草四郎像にご対面。その後、海岸線を走り、天草四郎が富岡城攻撃をあきらめたあと...

  • 2024.2.14

    セミナリヨ・コレジヨの変遷を年代順にたどると…

    キリスト教が庇護された有馬晴信の治世下、セミナリヨとコレジヨが現在の南島原市に設置されていました。セミナリヨとは修道士育成のための初等教育機関(中学に相当)で、有馬、八良尾、有家に設置。コレジヨはキリスト教の聖職者を育成するための高等教育機関(大...

  • 2024.2.7

    有家のキリシタン墓碑とキリシタン処刑の地を訪ねて

    南島原市は貴重なキリシタン墓碑がたくさん残っているまちとして知られています。中でも有家地区にあるキリシタン史跡公園は市内から発掘されたキリシタン墓碑を集めた珍しい公園です。また、有家には禁教期に捕らえられたキリシタンが処刑された地も残されています。

  • 2024.1.31

    殿様道を通り、今村刑場跡で供養塔に手をあわせる

    島原往還沿いに今村処刑場が置かれたのは島原城築城の頃からで、重罪人の首をはね、見せしめの為にさらし首としていました。また、キリシタンを厳しく取締まった藩主・松倉重政がイタリア人宣教師ナバルロ神父、大村領信者56人の処刑など多くのキリシタン信者の処刑...

  • 2024.1.24

    水の都を散策しながら、見どころの多い島原教会堂へ

    現在島原市には70ヵ所を超える湧水地があり、その湧水量は一日20万tといわれています。まちのあちこちに清らかな湧き水が流れる風景に癒されながら歩くと、島原市唯一のカトリックの教会、島原教会堂があります。二十六聖人殉教から400年目の平成9(1997)年に新しく...

  • 2024.1.17

    島原純茂が築いた浜の城跡を訪ねた後、島原城下を散策

     島原といえば松倉氏が築いた島原城が有名ですが、キリスト教が伝わった戦国時代には、有馬氏の家臣島原純茂によって「浜の城」が港に隣接するように築かれていました。その後は、島津・有馬連合軍が龍造寺軍を破った「沖田畷合戦」の舞台の一つにもなりました。

  • 2024.1.10

    寒空の中、湯けむりを浴びながら雲仙地獄を散策

    2022年の土砂災害を乗り越え、新しいホテルや店もオープンしている雲仙。その中心の観光名所でもある雲仙地獄は、1627(寛永4)年から1631(寛永8)年まで雲仙の焦熱地獄で、キリシタンに信仰を棄てさせるための拷問と処刑がおこなわれた記録があります。今回は夕暮...

  • 2023.12.27

    夕陽を浴びた雲仙岳を背景に、殉教者を弔う雲仙教会堂へ

    前回、悲運ともいえるキリシタン城主、ジョルジュ結城弥平治の足跡をたどりながら金山城跡を訪れ、今回はその近くの狸山まんじゅうからスタート。雲仙殉教者の歴史が残る雲仙教会堂を訪れました。1627年から1632年まで、雲仙地獄は厳しい禁教政策の中、殉教の舞台と...

Haut de la page