おらしょ こころ旅

散步之旅

探访基督教相关历史文化遗产群,游览新奇刺激的周边景点的发现之旅。轻松惬意地信步而行吧!

从区域查路线

  • 2022.6.8

    波佐見ミュージアムでキリシタンゆかりの品を鑑賞

    天正遣欧少年使節の一人としてローマに渡った原マルチノのふるさと、波佐見。かつてはキリスト教が栄えましたが、今はその面影は無く、全国屈指のおしゃれな焼き物の里として、魅力ある施設やショップが続々オープンしています。今回はそんな波佐見に昨年オープンし...

  • 2022.6.1

    平戸街道を通って川棚のキリシタン墓碑へ

    平戸街道は、県北の山間にひっそりと続く道で、平戸藩の殿様が参勤交代の折に歩いたことから、地元では「とんさんみち」とも呼ばれています。山中には特に目印もないので、各所に設置された案内板が頼りに歩きましょう。川棚に出たら、キリシタン墓碑のある常在寺ま...

  • 2022.5.25

    横瀬浦から、みかんドームへ

    前回から引き続き、キリシタンの歴史が残る横瀬浦を散策したあと、西海市のグリーン・ツーリズムの拠点にもなっている道の駅「さいかいみかんドーム」をめざして歩きます。その途中には、波穏やかな大村湾やみかん畑が連なる風景、佐世保市にそびえる戦争遺構の一つ...

  • 2022.5.18

    太田和から海岸沿いを歩いて横瀬浦へ

    太田和から横瀬浦までは歩いて約2時間。長距離ではありますが、大島大橋を眺める海岸線などは西海の絶景を楽しめるコースです。日本初のキリシタン大名・大村純忠が長崎よりも早く開港したのが横瀬浦港。この波静かな小さな入り江にかつて南蛮船が来航し、教会が建ち...

  • 2022.5.11

    中浦ジュリアンゆかりの地を通って太田和港へ

    キリシタン大名・大村純忠の名代として14歳の若さで天正遣欧使節の一人としてローマに渡った中浦ジュリアン。しかし、華々しいローマでの歓迎ぶりとは裏腹に、帰国後の日本は禁教政策に入り、悲しい運命をたどります。今回はそんなジュリアンの生誕地である中浦地区...

  • 2022.5.4

    小佐々氏墓所から七ツ釜港へ

    西彼杵半島はかつては大村純忠の領地であり、キリスト教が栄えた場所。およそ14歳の若さで天正遣欧使節の一人としてローマに渡った中浦ジュリアンは、西海市中浦に本拠地を置く小佐々氏の一族と言われています。小佐々氏(小佐々水軍)は戦国時代にこの一帯を治めてい...

  • 2022.4.27

    神浦から角力灘の眺望が美しい大瀬戸町雪浦へ

    今週から世界遺産巡礼の道Ⅳ「キリシタン大名と少年使節の道」をぶらりと歩きます。神浦地区は、外海地区で最初にキリスト教が栄えた場所。城主が1571年に受洗すると、たちまちキリスト教が栄え、教会堂はもちろんレジデンシア(支部修道院)が設置された時期もあったそ...

  • 2022.4.20

    船の時間まで、お土産選びと手作り体験

    3月から5回連続でご紹介した黒島巡礼。改修されて新たな輝きを放つ天主堂をはじめ、グリーンスローモビリティや蕨展望台からの景観、御朱印巡り、信仰復活の地までの風情ある山道など、新しい黒島の魅力を発見できました。最後は、黒島観光協会の新たな取り組みの一...

  • 2022.4.13

    根谷のサザンカとアコウを見ながら、信仰復活の地へ

    対馬暖流の影響を受けて、暖かい気候の黒島。常緑照葉樹が濃い緑の葉を茂らせ、島全体が黒っぽく見えることから「黒島」と名付けられたとも言われています。今回は、そんな黒島に育つ巨大なサザンカやアコウの木を見たあと、黒島で初めてカトリックのミサが行われた...

  • 2022.4.6

    ルルドの広場から、マルマン神父が眠る共同墓地へ

    五島列島や奄美王島、伊王島などで宣教を行い、1897年黒島天主堂の建設を使命として黒島教会に赴任したフランス人のマルマン神父。天主堂建設の費用が嵩み、一時フランスに帰国するも、終生を黒島で過ごし、1912年黒島で司祭やシスターたちに見守られながら天に召さ...

  • 2022.3.30

    春風を感じながら、黒島で御朱印めぐり

    「御朱印」といえば、一般的には神社や寺に参拝した証としていただくものですが、黒島では黒島天主堂、黒嶋神社、興禅寺の3スポットの御朱印台紙(印刷、日付のみ手書き、黒島ウェルカムハウスで配布)をいただくことができます。2020年11月に黒島で開催された御朱印...

  • 2022.3.23

    時速20km、グリーンスローモビリティで黒島を満喫

    世界遺産「長崎・天草の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である黒島の集落。今回は、地域おこし協力隊として黒島に赴任中の榎本さんの案内で、2021年12月から導入された、黒島観光協会の新しい取り組みの一つ、グリーンスローモビリティ(時速20km未満で公道を走る...

  • 2022.3.16

    相浦港からフェリーで、九十九島最大の黒島へ上陸

    佐世保市から西へ約12km、佐世保本土と平戸島南端部のほぼ中間地点に位置する黒島は、全部で208の島があるという九十九島の中で一番大きい島です。江戸時代のキリスト教禁止令により、外海から五島に逃れた信徒たちが、新たな移住地を求めて目指した島の一つでもあり...

  • 2022.3.9

    高岩山頂上より島原・天草一揆ゆかりの地を望む

    島原半島の「世界遺産巡礼の道」の中で最もハードなコースが高岩山。雲仙の宝原園地から無数の鳥居をくぐりながら登り、下りは九州自然歩道の案内板を参考に、南島原市塔ノ坂(とうのさか)という小さな集落をめざして林道を進みます。頂上からは島原・天草一揆ゆか...

  • 2022.3.2

    雲仙の殉教地から宝原園地へ

    島原半島はキリシタン大名の有馬氏の保護の元でキリスト教が栄えましたが、禁教期は各地で厳しい弾圧が行われました。その中の一つ、雲仙地獄では1627年、武士のパウロ内堀作右衛門ら26人が熱湯に投げ込まれ殉教。2008年、福者に列せられました。毎年5月には殉教祭も...

  • 2022.2.23

    雲仙殉教道を通ってお山の情報館へ

    1627年島原藩主・松倉重政は雲仙地獄の熱湯をキリシタンへの拷問に使用、長崎奉行・竹中采女正重義も長崎の牢に繋がれていたキリシタンを小浜経由で雲仙地獄に連行し、棄教するよう弾圧を加えました。雲仙殉教道は、小浜や口之津方面から登ってきた道が、合流する地...

  • 2022.2.16

    小浜温泉街からキリシタン悲話が残る「耳採」へ

    1629年7月、長崎で捕らえられ、茂木港から橘湾を渡ってきたキリシタンは、62名と言われ、小浜温泉街を通って処刑地の雲仙地獄まで歩いて連行されました。その道沿いには、今も「鬢串」や「耳採」など、キリシタンへの拷問をうかがわせる地名が残っています。

  • 2022.2.9

    小浜温泉街を散策後、上の川湧水へ

    禁教期、長崎で捕らえられ、茂木港から橘湾を渡ってきたキリシタンは、石合浜に降り立ったあと、温泉街を通って、処刑地である雲仙地獄への険しい山道を歩いて連行されました。途中の休憩所では、キリシタンは水を飲むことも許されなかったと伝えられています。今回...

  • 2022.2.2

    旧小浜鉄道を通ってキリシタンゆかりの石合浜へ

    夕陽が美しいことでも知られる雲仙市小浜町。千々石町から海沿いを歩いて小浜の中心部を目指すと旧小浜鉄道の記念碑や、「緑のトンネル」とよばれる雰囲気の良い道路があります。海辺の道を抜けて国道を進むと、禁教期、長崎で捕らえられ、茂木港から橘湾を渡ってき...

  • 2022.1.26

    五島巡礼の最後は、福江城下をぶらり

    昨年9月から始めた五島巡礼の旅もいよいよゴールの福江港へ。前回訪れた六方の浜から福江の中心部に入り、五島唯一の城下町、福江城下を歩いてみました。そして五島での巡礼の締めくくりは福江教会堂。1962年に市中心部で発生した大火災「福江大火」の時、この教会だ...

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