おらしょ こころ旅

Vol.25

岬の一等地

2014年12月15日 公開

長崎市内の教会跡のなかで、同じ場所に重要な施設が3つも置かれていたのはここだけではないでしょうか。それは、長崎市江戸町2番3号。そう、現在の長崎県庁がある場所です。その玄関そばには、イエズス会本部、奉行所西役所、海軍伝習所の跡を示す石碑、表門左側には3つの施設を紹介した案内板があります。

イエズス会本部跡の紹介文には「元亀2年(1571)、長崎の港にポルトガル船が初めて入港し、長崎に新しい町が造られた時、フィゲイレド神父はポルトガル人や日本人の信仰の中心として、その町の突端に小さな聖堂を建て、その教会はサン・パウロの教会(岬の教会)と名付けられました。」と書かれています。

その後、数回の建て替えを経て、1601年、当時の長崎で一番大きな教会「被昇天の聖母の教会」が建てられました。ここには、イエズス会本部や司教館、コレジヨなどが置かれ、珍しい時計や、音楽を奏でる鐘を備えた塔がそびえていたそうです。

時計は陰陽両方のカレンダー時計で、文字盤にはローマ字と干支で日本式時刻が表示されていたといいます。今から400年以上も前のことですから、驚きますよね。しかし、これも1614年のキリシタン禁教令によって取り壊されてしまうのです。

当時の県庁裏あたりはまだ海で、出島もできていなかったので、行き交う船や、人々の動きもよく見えたのでしょうね。1633年には奉行所西役所、1855年に海軍伝習所が設けられたのもうなずけます。

(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)

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