おらしょ こころ旅

Vol.23

高麗橋とキリシタン

2014年12月1日 公開

長崎市の中島川の上流にある大井手橋を過ぎると、川は二手にわかれ、左は桃渓(ももたに)橋、そして右は高麗(こうらい)橋へと続きます。高麗橋は伊勢町と八幡町を結ぶ橋。最近、新大工町へ向かう道路が整備され、とても快適になりました。今回はこの高麗橋のお話です。

16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、九州の大名たちは朝鮮の陶工を日本へ連れ帰り、競って窯を開かせました。これが長崎県を代表する伝統工芸品、波佐見焼や三川内焼の始まりなのですが、このとき同時に奴隷として長崎に連れてこられた朝鮮の人々がいました。

しかし、こうした豊臣秀吉の政策にイエズス会の宣教師たちが強く反発したため、朝鮮の人々は解放され、高麗町と呼ばれる現在の鍛冶屋町付近に住むようになりました。そして、彼らは自分たちを救ってくれた宣教師たちに感謝し、キリスト教の洗礼を受けて教会をつくったそうです。

その後、まちの拡大とともに高麗町は現在の伊勢町付近に移転したのですが、朝鮮の人々の多くがキリスト教の熱心な信者となり、厳しい弾圧のなかで信仰を守り通し、殉教したり、追放されたりした人もいたそうです。ふだん何気なく通る橋にまつわる物語。あらためて長崎のまちとキリスト教の深い関わりを感じる話ですね。

(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)

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