おらしょ こころ旅

Vol.19

石碑のない教会跡

2014年11月3日 公開

長崎市中心街に点在する多くの教会跡。その石碑を訪ね歩いていると、「長崎は日本のローマなり」といわれた当時の長崎にタイムスリップしてみたくなります。平べったい日本家屋のあいだから顔をのぞかせていた教会や病院などは、今のような西洋建築ではなかったのでしょうが、和洋の建物が混在するまちを日本人と西洋人が行き交う賑やかな光景は、当時の人々の好奇心をどれほど刺激したことでしょう。

現在、市内にあるほとんどの教会跡は石碑と案内板がセットになっているのですが、石碑がない教会跡もあります。そのひとつがサン・アントニオ教会跡(長崎市魚の町)。この教会は長崎市公会堂付近にあったらしく、長崎代官の村山等安が、司祭であった息子のフランシスコ村山のために建てたそうです。

公会堂とその前広場を合わせた広大な土地のどこに教会が建っていたのか、いやいや、ひょっとして敷地全体を利用して建てられた巨大な教会だったのかもしれない。現地を訪れると、いろいろと想像もふくらむのでそれはそれで面白いのですが、なぜ石碑がないのでしょうか?

現在の長崎銀行本店あたりにあったというサン・チャゴ教会(長崎市栄町)。ミゼリコルディアが運営する病院のとなりに建っていたこの教会跡にも石碑がありません。初めてここを訪れたとき、石碑がないとは知らず、大正時代に建てられたというあのレトロな建物を2周してしまいました。

テレビ長崎の近くにあったといわれているサン・ペドロ教会(長崎市金屋町から五島町周辺)もそうです。「ここはどんな教会だったのでしょうか」。思わずそばにあった後藤象二郎宅跡の石碑に語りかけてしまいました。石碑がないのは場所が特定できないから? それとも私有地だからでしょうか? 石碑と案内板のセットでなくてもいいから、せめてどちらかひとつでも・・・。そんな想いが自然とわいてくる教会跡の石碑めぐり。まだまだ続きます。

(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)

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