• 中浦ジュリアンは有馬のセミナリヨ(神学校)で学び、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノらとともに使節に選ばれた。
  • 天正10年(1582)にヨーロッパへと海を渡り、諸国で歓待を受け、ローマ教皇との謁見を果たした。
  • 帰国後の天正19年(1591)、京都の聚楽第にて豊臣秀吉に謁見した際、西洋音楽を披露した。
  • その後イエズス会に入会し、マカオで学んだ後、禁教下の日本で布教活動を行なったが捕らえられ、寛永10年(1633)に長崎の西坂で殉教した。
  • 西海市西海町中浦南郷の「たち」と呼ばれる指定地が、天正遣欧使節の一員であった中浦ジュリアンの出生の地と考えられており、公園化されている。
  • 園内の資料館では、ジュリアンの生涯をテーマとした壁画のほか、関連の資料が展示されている。