• 南串山池崎地区の畑の中にあったが、昭和の初め頃に民家裏庭に移され、その後、昭和54年(1979)に現在地に安置された。
  • 墓碑は3基あり、支石墓のように組まれている。
  • 上に置かれている墓碑は、扁平蓋石型で、正面に「里阿りあん」右側面に「慶長十一年」、左側面に「九月三日」と碑銘が刻まれている。大きさは、長さ130cm、幅57cm、厚さ24cm。
  • この下に支石として組まれている墓碑のうち、1基は切妻蓋石型で、側面に「慶長十一年」の銘が、もう1基の側面にも「慶長十七年六月廿七日」の銘が刻んである。