おらしょ こころ旅

2017年5月15日

浦上キリシタン資料館「浦上四番崩れ150年展」開催中

日本最後のキリシタン弾圧事件といわれる「浦上四番崩れ」から、今年7月で150年。
長崎市の浦上キリシタン資料館で、浦上地区のキリスト教徒に関する写真展が開催されています。

同展では、流罪に耐えて浦上へ戻った信徒を撮影した集合写真など8点を展示。
信徒たちの「旅路」をなぞることができます。

開催期間

2017年8月下旬まで 入場無料

開催場所

浦上キリシタン資料館(長崎市平和町11-19) 電話 095-807-5646

資料館からのコメント

  • 浦上四番崩れとは江戸時代に潜伏していた浦上キリシタンが明治になって、一斉に捕縛され、三千数百人が全国22カ所に総流罪となった大検挙事件です。
  • 明治維新になって新政府は国の宗教を神道と決め、江戸時代同様、キリスト教を邪宗として弾圧しようとしました。ところが愚昧な農民と思われていた浦上の人々が信仰の自由をもとめて敢然と立ち上がったのです。
  • フランス、アメリカ、イギリスなどの領事団も一斉にその弾圧に抗議しましたが聞き入れられませんでした。
  • この事件は、長崎の外字新聞でも報道され、後日岩倉使節団が欧米各国を訪問した時にごうごうたる非難を浴びることになり、とうとう政府は1873年キリシタン禁令の高札を撤去し、キリスト教を黙認することにしました。こうして信徒達は許されて、古里、浦上に帰還したのでした。
  • 日本各地に流配されて五年余、現地で亡くなった人は600人余、生き残った人は、紆余曲折を経ながらも、明治政府の棄教の説得にも負けず、流配先で厳しい歳月を過ごし、やっと懐かしい浦上に帰ったのです。
  • すると留守にしていた浦上の家屋、田畑は荒れ放題、村人は赤貧にあえぎながら、自分たちの生活を立て直し、そして大正四年高谷庄屋の跡地に浦上天主堂を着工から20年かけて建築しました。
  • 流配から50年たった昭和5年、彼らはその浦上天主堂の前に集まり記念撮影をしました。当時生存していた400人近い信徒がカメラに写っています。それぞれが風雪を耐え抜いて、信教の自由をかちとった誇らしげな良い表情をしています。
  • 9月まで展示していますので是非見に来てください。

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