おらしょ こころ旅

大村純忠の居城跡へ

2020年3月11日 公開

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 大村純忠は、島原の有馬家から養子として大村家に迎えられ、大村家の領主となると、横瀬浦、福田、そして長崎を開港して南蛮貿易を行いました。また、日本初のキリシタン大名となり天正遣欧少年使節の派遣など歴史に残る多くの事業を行いました。今回は大村市で、大村純忠ゆかりの地を訪れました。

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ルート紹介
大村純忠終焉の居館跡(1)

 ここは、坂口館とも呼ばれ、屋敷の広さや居館跡は不明ですが、古くは大村家の重臣で庄頼甫(しょうよりすけ)の屋敷だったといわれています。のちに、龍造寺隆信の圧迫を受け領主を退いた大村純忠が晩年に隠居した所です。

住所 大村市荒瀬町
電話番号
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大村純忠終焉の居館跡(2)

 現在は、この庭園跡を中心に整備され、大村純忠史跡公園となっています。とても安らげる雰囲気の場所ですね、大村純忠が最期にこの場所を選んだことがわかるような気がします。

住所
電話番号
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大村純忠終焉の居館跡(3)

 解説板によると、庭園の跡と言われる泉水が残っていると書いてありますね。泉水は「館の川(たちのかわ)」と呼ばれ、どんな干ばつでも水が枯れることがなかったとあります。どこのことでしょうか?

住所
電話番号
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休日
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大村純忠終焉の居館跡(4)

 泉水を探してみましたが、よくわかりませんでした。でも、きっとこの周辺が水がしたたる庭園だったのでしょうね。純忠が晩年を過ごした場所を訪ねることができて感慨深いものがありました。

住所
電話番号 0957-48-7700
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営業時間
休日
15分
三城城跡(1)

 次は、純忠が最も輝いていた永禄7年(1564年)の居城とした三城城跡にやってきました。城の種類は、石垣で城を築く技術が入る前の城で、土塁や空堀によって囲まれた平山城だったことがわかっています。今は何も残っていませんが、大村市の中心部の高台にあり、ここに立つと、何となくお城があったことが想像できる地形です。

住所
電話番号
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料金
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休日
徒歩 すぐ
三城城跡(2)

 看板を見ると、現在長崎県忠霊塔がある場所を主郭とし、東側や北側にいくつかの曲輪(くるわ)を配していたことがわかります。城の遺構の多くが残されていることがわかり、戦国時代末の貴重な城跡となっているそうです。発掘調査では、鉄砲の弾や茶道具、その他陶磁器など生活用品が出土したそうですよ。

住所
電話番号
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料金
営業時間
休日
5分
長崎県忠霊塔

 ここが三城城の主郭(本丸)があったと言われる場所で、現在は県下6万人の戦争犠牲者を弔う長崎県忠霊塔が建てられています。かつてはここが純忠の拠点だったのですね。周囲には厳粛な空気が流れ、長い歴史に思いを馳せることができます。

住所
電話番号
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料金
営業時間
休日

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