おらしょ こころ旅

大村の殉教地をめぐる

2020年3月25日 公開

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 江戸時代になると、徳川幕府はキリスト教の信仰を禁止し、大村藩もキリシタンに厳しい弾圧を行いました。しかし、かつてキリシタン大名が支配した大村には多数のキリシタンが存在し、彼らの中には禁教後も隠れて信仰を続ける人も多くいました。1657年に起きた潜伏キリシタン発覚の大事件「郡崩れ」では多数の殉教者が出ました。今も市内のあちこちに悲しい歴史を物語るスポットが残っています。

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ルート紹介
妻子別れの石

 郡崩れで検挙され斬罪所に送られるキリシタンが、見送りに来た家族や親戚と、最後の別れを惜しんだ場所といわれ、その時にたくさんの涙を流したため、別名「涙石」とも呼ばれている石です。不思議なことに、今でも苔が生えないといわれています。

住所 大村市杭出津三丁目
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徒歩 すぐ
獄門所跡

 ここは、郡崩れで放虎原の斬罪所で処刑された131人の首を塩づけにして棚板に並べ、20日間みせしめのために人目にさらしていたという場所です。「獄門」という名前のとおり怖い場所ですね。今では白亜の聖母像が建てられています。

住所 大村市松並1丁目
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休日
6分
胴塚跡

 禁教当時は、処刑されたキリシタンが妖術で生き返るという噂があり、首と胴がつながって生きかえることを恐れた役人たちは、胴と首を約500mも離して埋めたといわれます。胴塚には、郡崩れの時、殉教者131人の胴を、穴を2か所掘って埋めた所といわれていますが、胴塚は、本来この場所ではなく、国道沿いのやや北側にあったと伝えられています。

住所 大村市桜馬場2丁目
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休日
5分
首塚跡(1)

こちらは首塚の説明板。放虎原で処刑されたキリシタンの内、獄門所にさらされた131人の首をここに埋めたと書かれています。

住所 大村市原口町
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首塚跡(2)

 ひざまずいて祈りを捧げる、胴塚跡と同じく青銅製の像が建っています。胴塚より北方500メートル離れた榎の根元に首を埋めたと伝えられており、今は、立派な殉教顕彰碑も建てられています。

住所
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休日
8分
放虎原殉教地

大村の殉教地の中でも有名な場所。郡崩れの逮捕者のうち411人が打ち首となり、そのうち131人が放虎原で処刑されといわれています。処刑が行われた場所は定かではありませんが、この場所に殉教の顕彰碑が建てられ、今も殉教祭などが行われています。表裏2枚の大きなレリーフに、殉教した人たちへの思いが込められているようです。

住所 大村市協和町
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休日
徒歩

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