おらしょ こころ旅

県北

海をわたり野崎島へ

2015年5月27日 公開

ぶらり旅(32)海をわたり野崎島へ_ph7

笛吹(ふえふき)港から町営船で野崎(のざき)島へ。野崎港から集落跡を通って山道を歩いて行くと、階段状に連なる草原の向こうに、ひとり取り残されたように建つ煉瓦(れんが)造りの教会が見えてくる。旧野首(のくび)教会——その姿は美しくいとおしい。

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ルート紹介
町営船の発着所

翌朝、野崎島に上陸するため、町営船の発着所に向かった。出航まで少し時間があったので待合所にいると、大島(おおしま)から通学している高校生数人が入ってきた。はつらつとした笑顔で交わす元気なあいさつ・・・。島の朝は明るい。
※ご来島の前には、必ず、おぢかアイランドツーリズム(電話番号:0959-56-2646)までご連絡ください。

住所 長崎県北松浦郡小値賀町笛吹郷
電話番号
URL http://ojikajima.jp/before
料金
営業時間
休日
20分
荒れる海

出航してしばらくすると船が揺れ始めた、窓の向こうに浮かぶ野崎島にカメラを向けたが、手元が定まらず上手くシャッターを切ることができない。出航して20分ほどで六島(むしま)に到着。住民3人のこの島から2人が乗船。さぁ、再び出発。さらに揺れながら野崎島へ。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
10分
野崎港

笛吹港を出て約30分で野崎島に到着。荒れていた沖合とは対照的に野崎港はおだやかな表情を見せていた。

住所 長崎県北松浦郡小値賀町野崎郷
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 5分
教会へ続く道

野崎集落跡を通って教会へ続く道を歩く。丹精込めて造り上げた古い石積みやだんだん畑はすでに崩れかけている。そんな風景のなかで、激しい海風の音だけが耳元で鳴り響いていた。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 5分
海が見えた!

体を前にかがめながら山道を歩いていると、急に視界が開けて海が見えてきた。なんという青さだろう。これはきっとこの島を訪れた人へのご褒美(ほうび)のひとつだ。風によろける体を支えながら写真におさめた。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 5分
だんだん畑跡

足元に注意しながら石が落ちてきそうな崖(がけ)の下を歩いていくと、階段状に連なる草原が見えてきた。かつてのだんだん畑跡である。馬に乗ったカーボーイが登場しそうな、いや、突然、急斜面のいただきにUFOが現れそうな、そんな風景に思わず立ち止まってしまった。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 5分
旧野首教会

ようやく旧野首教会が見えてきた。丘に建つその姿は風雪に耐えながら歴史を刻んできたたくましさよりも、どこか愛らしさを感じさせる。煉瓦の赤と木々の緑、抜けるような青空がまぶしい。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
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徒歩

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  • 紐差教会堂から田崎愛苦会跡地へ

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  • 根獅子にのこる言い伝え

    根獅子(ねしこ)教会跡、ルルドのマリア様、昇天石(しょうてんせき)など、根獅子にあるキリシタン関連史跡にはいくつもの言い伝えがのこされています。それは信仰を守り続けてきたキリシタンの里としてのあかしでもあるのです。

  • ウシワキの森とチチャの木

    平戸(ひらど)市切支丹(きりしたん)資料館を出たあと、根獅子(ねしこ)の浜の昇天石(しょうてんせき)で殉教した人々の遺体をまつったウシワキの森へ。そして母子の悲しい殉教の物語が息づくチチャの木へ向かいました。

  • 平戸市切支丹資料館からスタート

    平戸(ひらど)市根獅子(ねしこ)地区にある平戸市切支丹(きりしたん)資料館。ここには平戸のキリスト教の歴史をはじめ、かくれキリシタンの信仰を物語る数多くの資料が展示されています。この日は夏休み期間中とあって家族連れの姿もありました。海水浴帰りかな。

  • 野崎集落跡を探訪する

    旧野首(のくび)教会から野崎(のざき)集落跡へ。廃村になった集落跡、神官屋敷跡を訪ねたあと、自生する芝生(しばふ)におおわれた草原で出会ったのは野生シカと集落の人々のお墓でした。

  • 野首集落跡にもどる

    舟森(ふなもり)集落跡を散策したあと、急な斜面をのぼって里道へ。行きとは反対にくだりが多いので助かりました。やがて見えてきたのは野首(のくび)海岸、そして旧野首教会。

  • 舟森集落跡を散策する

    足元に気をつけながら急な斜面をおりて舟森(ふなもり)集落跡を散策。小学校の分校跡、教会跡、炊事場跡やさまざまな品々・・・。50年前の暮らしが想像とともによみがえってきます。

  • 野首集落跡から舟森集落跡まで

    旧野首(のくび)教会から険しい山道に入り、のぼりが続く里道をひたすら歩く。息を切らしながら、道しるべに助けられながら約1時間30分、ようやく舟森(ふなもり)集落跡に到着しました。

  • まち歩きを楽しみ、古民家でくつろぐ

    小値賀(おぢか)歴史民俗資料館で野崎(のざき)島のキリシタンの歴史を学び、まち歩きを楽しんだあとは、古民家でゆっくりとくつろぐ。明日は野崎島へ。旧野首(のくび)教会、舟森(ふなもり)集落跡を訪れます。

  • 神島神社、唐見崎をめぐる

    小値賀(おぢか)教会から東へ向かい、700年代に造られたといわれている神島(こうじま)神社、さらに足を伸ばして唐見崎(からみざき)へ。受け継がれてきた島の歴史と文化を堪能しました。

  • 斑島から小値賀教会へ

    佐世保(させぼ)港からフェリーで小値賀(おぢか)島へ。火山でできた島ならではの美しい風景と独自の生活文化にふれながら小値賀教会に向かいます。

  • 平戸口で旬を味わう

    殉教地「焼罪」を訪れたあと、たくさんの食堂が軒を連ねる平戸口へ。新鮮な食材が揃った平戸瀬戸市場でお土産を買って、冬の海を眺めながら旬のグルメを楽しみました。

  • 笑顔の漁師まち

    じっくり歩いてみると、舘浦はほんとうに興味深い。風情あるまちなみや、心やすらぐ風景もそうだが、行き交うお年寄りの笑顔がとても印象的。海から吹く風は冷たくても、通りは温かな人情にあふれています。

  • 迷いながら舘浦あるき

    路地から路地へ歩いていくと、昭和の時代を感じさせる懐かしい通りが現れます。角を曲がれば、お寺があったり、大きな観音様がそびえていたり・・・。漁師まちは出会いがいっぱい。なんだか気持ちがゆったりとしてきます。

  • ガスパル様から山田教会、焼山へ

    大きな十字架がそびえる黒瀬の辻、そのそばにある殉教地ガスパル様、ガスパル様の松で作った十字架がある山田教会、そして殉教地焼山へ。生月の生活文化にふれながら心の旅は続きます。

  • ダンジク様の物語

    「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ」とはこのことでした。海岸沿いにある殉教地までは「急激」とは言っても下り坂。帰りはその逆だから、とにかく登る登る、また登る。息は切れるし、足は上がらない。つくづく年齢を感じた旅でした。でも、訪れてよかった・・・。

  • 「島の館」で生月を知る

    史跡めぐり、まち歩きの前に立ち寄っていただきたいのが平戸市生月(いきつき)町博物館「島の館」。捕鯨やかくれキリシタンの歴史、島の農業や漁業の姿など、生月の魅力にふれてまちに繰り出せば、楽しさ倍増です!

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