おらしょ こころ旅

県北

北松炭田で栄えたまちへ

2017年7月12日 公開

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旧北松浦郡の町と松浦市は、かつて炭坑で栄えたまち。明治中頃、信徒の中にも、外海や黒島、五島などから働き口を求めて移住する人たちが増え、教会堂も建てられました。今回はかつての炭坑のまちに立つ教会堂を訪ねてみました。

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ルート紹介
福崎教会堂(1)

田園風景の中に立つ、赤い屋根の可愛い教会です。この教会も平戸口教会と同じく、コロンバン会の保育園事業が始まりだとか。施錠されていて中に入ることはできなかったのが残念。

住所 平戸市田平町福崎免990
電話番号
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料金
営業時間
休日
3分
アンティークな喫茶店(1)

昭和の香りがする、昔ながらの雰囲気の喫茶店があり、思わず入ってしまいました。教会風の屋根もいいですね。店の前には広い駐車場があります。

住所
電話番号
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料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
アンティークな喫茶店(2)

扉を開けると、アンティークな家具(なんと暖炉も!)や雑貨でまとめられた店内に、コーヒーの芳醇な香りが漂っていました。お店の方に聞くと、平戸大橋開通の頃にオープンしたとか。歴史のある店です。ケーキセット、おいしかったです。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
アンティークな喫茶店(3)

奥にはこだわりのオーナーが撮影した写真を展示している部屋もあります。写真はプロ級の腕前。教会関係の写真の中には、一般ではなかなか撮れない貴重なカットもありました。この近くに来たら必見です!

住所
電話番号
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料金
営業時間
休日
5分
西木場教会堂(1)

林に囲まれた小高い丘にある西木場教会堂。鉄川与助の鉄川組の設計で建てられたというだけあり、木造教会の中でもひと味違うデザイン性の高い教会堂です。斜めから見ると、なんだか頭ヶ島天主堂の形にも似ているような気がします。

住所 松浦市御厨町米ノ山免206
電話番号
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料金
営業時間
休日
徒歩 すぐ
西木場教会堂(2)

出迎えてくれるのはりっぱなザビエル像。ザビエル像の中ではかなりのイケメンですね。
ただ、ザビエル像に迎えていただいたものの、ここも教会堂の中に入れず、残念無念。

住所
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
8分
御厨教会堂

御厨教会堂に着く頃には夕方になっていました。ここも教会堂の扉は固く閉ざされていました。
でも、幸運にもちょうどミサに来られた方が「教会の中を見学されますか?」と声をかけてくだ
さいました。感激! 堂内は、想像以上に素晴らしく、感謝の気持ちを込めて手をあわせました。

住所 松浦市御厨町里免126
電話番号
URL
料金
営業時間
休日
徒歩

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  • マタラ神父の足跡を訪ねる

    田崎愛苦会(あいくかい)跡地からさらに山道を車で走り、平戸(ひらど)ふれあいバスの田崎(たさき)公会堂前バス停へ。そこから歩いてマタラ神父が眠る小高い丘を訪れました。

  • 紐差教会堂から田崎愛苦会跡地へ

    根獅子(ねしこ)の浜から紐差(ひもさし)教会堂へ、そして紐差修道院の前身である田崎愛苦会(あいくかい)跡地を訪れました。森の中にのこる古い石垣やさびた金属製の扉が往時をしのばせます。

  • 根獅子にのこる言い伝え

    根獅子(ねしこ)教会跡、ルルドのマリア様、昇天石(しょうてんせき)など、根獅子にあるキリシタン関連史跡にはいくつもの言い伝えがのこされています。それは信仰を守り続けてきたキリシタンの里としてのあかしでもあるのです。

  • ウシワキの森とチチャの木

    平戸(ひらど)市切支丹(きりしたん)資料館を出たあと、根獅子(ねしこ)の浜の昇天石(しょうてんせき)で殉教した人々の遺体をまつったウシワキの森へ。そして母子の悲しい殉教の物語が息づくチチャの木へ向かいました。

  • 平戸市切支丹資料館からスタート

    平戸(ひらど)市根獅子(ねしこ)地区にある平戸市切支丹(きりしたん)資料館。ここには平戸のキリスト教の歴史をはじめ、かくれキリシタンの信仰を物語る数多くの資料が展示されています。この日は夏休み期間中とあって家族連れの姿もありました。海水浴帰りかな。

  • 野崎集落跡を探訪する

    旧野首(のくび)教会から野崎(のざき)集落跡へ。廃村になった集落跡、神官屋敷跡を訪ねたあと、自生する芝生(しばふ)におおわれた草原で出会ったのは野生シカと集落の人々のお墓でした。

  • 野首集落跡にもどる

    舟森(ふなもり)集落跡を散策したあと、急な斜面をのぼって里道へ。行きとは反対にくだりが多いので助かりました。やがて見えてきたのは野首(のくび)海岸、そして旧野首教会。

  • 舟森集落跡を散策する

    足元に気をつけながら急な斜面をおりて舟森(ふなもり)集落跡を散策。小学校の分校跡、教会跡、炊事場跡やさまざまな品々・・・。50年前の暮らしが想像とともによみがえってきます。

  • 野首集落跡から舟森集落跡まで

    旧野首(のくび)教会から険しい山道に入り、のぼりが続く里道をひたすら歩く。息を切らしながら、道しるべに助けられながら約1時間30分、ようやく舟森(ふなもり)集落跡に到着しました。

  • 海をわたり野崎島へ

    笛吹(ふえふき)港から町営船で野崎(のざき)島へ。野崎港から集落跡を通って山道を歩いて行くと、階段状に連なる草原の向こうに、ひとり取り残されたように建つ煉瓦(れんが)造りの教会が見えてくる。旧野首(のくび)教会——その姿は美しくいとおしい。

  • まち歩きを楽しみ、古民家でくつろぐ

    小値賀(おぢか)歴史民俗資料館で野崎(のざき)島のキリシタンの歴史を学び、まち歩きを楽しんだあとは、古民家でゆっくりとくつろぐ。明日は野崎島へ。旧野首(のくび)教会、舟森(ふなもり)集落跡を訪れます。

  • 神島神社、唐見崎をめぐる

    小値賀(おぢか)教会から東へ向かい、700年代に造られたといわれている神島(こうじま)神社、さらに足を伸ばして唐見崎(からみざき)へ。受け継がれてきた島の歴史と文化を堪能しました。

  • 斑島から小値賀教会へ

    佐世保(させぼ)港からフェリーで小値賀(おぢか)島へ。火山でできた島ならではの美しい風景と独自の生活文化にふれながら小値賀教会に向かいます。

  • 平戸口で旬を味わう

    殉教地「焼罪」を訪れたあと、たくさんの食堂が軒を連ねる平戸口へ。新鮮な食材が揃った平戸瀬戸市場でお土産を買って、冬の海を眺めながら旬のグルメを楽しみました。

  • 笑顔の漁師まち

    じっくり歩いてみると、舘浦はほんとうに興味深い。風情あるまちなみや、心やすらぐ風景もそうだが、行き交うお年寄りの笑顔がとても印象的。海から吹く風は冷たくても、通りは温かな人情にあふれています。

  • 迷いながら舘浦あるき

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  • ダンジク様の物語

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