おらしょ こころ旅

三ツ山教会堂と長与教会堂

2016年8月31日 公開

ぶらり旅(97)三ツ山教会堂と長与教会堂_ph2

浦上(うらかみ)崩れが起きるたびに多くの殉教者を出した三ツ山(みつやま)地区。潜伏キリシタンの歴史が息づく山間の地を訪れたあと、長崎(ながさき)市のベッドタウンにある長与(ながよ)教会堂をめざします。

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ルート紹介
難河原殉教地

これは、千茶ノ木橋(ちちゃのきはし)下の難河原(なんごら)殉教地あたりから下流に向かって撮った写真。川の名前は何かと調べてみたらなんと浦上川だった。川の上流に位置する川平(かわびら)地区では毎年夏になると地域の人々が参加して浦上川の清掃・美化活動を行っているという。

住所 長崎市川平町
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休日
6分
三ツ山教会堂

現在の三ツ山地区である木場(こば)は、かつてイエズス会の所轄でキリシタンにとって安住の地だったが、1867年の「木場三番崩れ」で多くの人々が獄死したという。禁教令の高札撤廃後、信徒を監視した役人の屋敷を買い取り、1883年に最初の教会が建てられ、1962年に改築された。

住所 長崎市三ツ山町775
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休日
徒歩 すぐ
木場教会殉教者顕彰の碑

浦上崩れが起きるたびに多くの殉教者がでた木場。この顕彰碑は、迫害され殉教した先祖たちを顕彰し、信仰伝承の恩恵に感謝するため、1977年12月、三ツ山教会堂の敷地内に信徒たちの資材提供、労力奉仕によって建立された。

住所
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休日
徒歩 すぐ
三ツ山教会堂からの眺め

三ツ山教会堂が建つ高台から見えるのは穏やかな田園風景。その奥にそびえる帆場(ほば)岳の頂上には拝(おが)み岩があり、潜伏キリシタンたちはその岩の間から長崎港を眺めながら、いつかはローマから船に乗って神父がやってくると信じて祈ったという。

住所
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休日
徒歩 5分
裏山のキリシタン墓地

三ツ山教会堂が建つ敷地から何気なく裏山を見ると、家々のすきまから十字架が見えた。坂道を登っていくと、そこにあったのはキリシタン墓地。白い十字架が傾いているのはこのところの激しい風雨のせいだろうか。アジサイなど季節の花が周辺に彩りを添えていた。

住所
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料金
営業時間
休日
12分
長与教会堂

大村氏に仕えた長与氏の領地だった長与。1969年の町制施行後、長崎市のベッドタウンとして発展していくなかで信徒が増えたため、1986年、現教会堂が建てられた。駐車場入口には「宣教するキリスト」像が立っている。

住所 西彼杵郡長与町吉無田郷2035-4
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休日
徒歩

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