おらしょ こころ旅

クリスマスを前に神の島へ

2018年12月19日 公開

12-3-0

その名前の通り、高台に白亜の教会堂が建つ、カトリック集落の神ノ島。今は橋でつながっていますが、昔は船で渡っていました。禁教期には潜伏キリシタンが多く移り住み、殉教の歴史も刻んでいます。また信徒発見後に信仰復活のために活躍した熱心な信徒の足跡も残っています。

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ルート紹介
「神の島教会下」バス停

長崎バスのCMでも登場する、海岸沿いのバス停。バスを降りたら、高台に白亜の神の島教会堂が見えます。

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教会堂への石段

教会堂へ続く長い石段。信徒の方たちはここを登ってミサへ。若い人でも息が切れるほどなので、高齢の方には大変でしょうね。

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高鉾島を望む

教会堂に上がる石段を登りつめて海を眺めると、目の前に高鉾島が見えました。禁教令から3年後、宣教師をかくまっていた宿主の2人が役人に捕らえられ、斬首された場所が高鉾島。殉教した2人は1867年に福者となりました。オランダ人は高鉾島を「パーペンベルグ(キリシタンの島)」と呼んだそうです。

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西兄弟の墓

教会の敷地に入ると、西兄弟の墓がありました。信徒発見後、神ノ島から対岸にある大浦天主堂へと、命懸けで舟を漕いで行った西兄弟。プチジャン神父を舟に乗せて、キリシタンの住む出津、黒崎、天草へと道案内をしながら、信徒復活に協力したそうです。

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神ノ島教会堂(1)

佐賀藩の飛び地だった神ノ島には、江戸前期からキリシタンが潜伏し、江戸後期には、砲台築造の人夫として外海からきたキリシタンらが移り住んできました。復活後はいち早く仮聖堂が建ち、多くの潜伏キリシタンがカトリックになりました。現教会堂は、1897年にデュラン神父が私財を投じて建てたものです

住所 長崎市神ノ島町2-148
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神ノ島教会堂(2)

教会堂の裏手に少し登ると、美しい教会堂の後ろ姿と海の絶景を眺めることができます。高鉾島もくっきり見えて、最高のロケーションです。

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神ノ島教会堂のルルド

マリア様も優しいお顔で海の方を見つめていました。堂内も厳かな雰囲気が漂よい、ステンドグラス越しに眺める海もきれいでした。

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