おらしょ こころ旅

ブレル神父の足跡

2016年12月14日 公開

ぶらり旅(112)ブレル神父の足跡_ph3

いくつかの顕彰碑をめぐってブレル神父やドミンゴ森松次郎に想いを馳せたあと、旧教会堂の下にある鯛ノ浦(たいのうら)教会堂へ。そこから悲しい歴史が刻まれた共同墓地へと向かいました。

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ブレル神父顕彰碑

ブレル神父は1847年、フランスに生まれた。1876年に来日し、1880年に鯛ノ浦教会の初代主任司祭として赴任。翌年、私財を投じて鯛ノ浦郷中野(なかの)に土地を購入して小さな家を建てて子どもの命と魂の救済のための養育事業を開始、敷地内に伝道婦の養成所を併設した。これが今日の希望の灯学園鯛ノ浦修道院の基礎になったという(ブレル神父顕彰碑は写真の一番左)。

住所 南松浦郡新上五島町鯛ノ浦郷中野326
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ドミンゴ森松次郎顕彰碑

1835年、大村(おおむら)藩黒崎(くろさき)村出津(しつ)郷に生まれたドミンゴ森松次郎は、1863年に鯛ノ浦に移住し、潜伏キリシタンの水方役であった父の後を継いで指導者の一人として活躍。やがて五島(ごとう)で迫害が始まると頭ヶ島(かしらがしま)に住み、その後は長崎(ながさき)浦上(うらかみ)に移り住んでプティジャン神父を助け、生涯に渡って教会に奉仕したという。彼の墓は浦上の赤城(あかぎ)墓地にある。

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徒歩 2分
鯛ノ浦教会堂

教会堂がある中野は、1797年、外海(そとめ)の出津から移住してきたキリシタンの子孫を祖とする集落で「五島崩れ」の迫害を受けたという。現在の教会堂は、1903年建立の教会堂の老朽化に伴い、1979年、旧教会堂の下の幼稚園の跡地に建てられたものである。

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教会堂周辺の風景

教会堂のまわりに広がる穏やかな秋の風景。色づいた柿の木、青々としたみかんの木が秋の日差しを浴びて輝き、少し冷たさを感じる海風と、温もりを届けてくれる陽光が深まりゆく季節を告げていた。

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徒歩 7分
鯛ノ浦教会共同墓地

「ブレル神父と12人の信徒の墓碑」の写真がガイドブックに掲載されていたので、どこだろうと周辺を探していると、観光客を乗せてきたマイクロバスの運転手さんが親切に教えてくれた。ここから歩いて約7分、見上げるとそこには十字架をあしらった墓碑が整然と並んでいた。

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休日
徒歩 1分
ブレル神父と12人の信徒の墓碑

それは共同墓地の奥にあった。1885年、出津教会から鯛ノ浦に帰るブレル神父を乗せた船が遭難した。そのとき救助した船の乗組員が金目当てで神父と水夫12人を撲殺。このことをしのんで1887年に墓碑が建てられたという。

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