おらしょ こころ旅

松東院メンシアの墓へ

2018年2月21日 公開

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大村純忠の娘で自身も敬虔なカトリックだったメンシア。政略結婚でキリスト教嫌いの松浦家へ嫁いでからは、棄教をせがまれながらも、頑なに拒否し、信仰を守りつづけました。その陰には、夫久信の深い愛情と理解がありました。今回は、そんなメンシアのお墓を訪ねてみます。

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じゃがたら娘像

平戸港交流広場で出会ったじゃがたら娘の像。1639年、江戸幕府はオランダ人やイギリス人に嫁いで子供を生んだ女性とその子供をオランダ船に乗せバタビア(ジャガタラ、今のジャカルタ)に追放しました。平戸からも40人余りがこの港から渡っていったそうです。

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英国商館跡の碑

平戸を歩いていると、あちこちに碑があります。故郷の歴史を大切にしている証拠ですね。これはエリザベス女王の来日を記念して建てられた碑。平戸にイギリス商館があったのは1613年から1623年。日本唯一のイギリス商館と解説板に書いてあります。

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カピタン李旦の在住跡の案内板

ここにもまた案内板が。李旦は中国人商人。イギリス商館にも彼の屋敷が使われたのだとか。英国商館長に依頼されて日中貿易を斡旋したが身を結ばず、彼が亡くなった後、鄭芝龍(ていしりゅう)が後を継いだと書かれています。

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正宗寺(1)

しばらく坂道を歩いて、正宗寺(しょうじゅうじ)に到着。臨済宗のお寺で1623年創建、松浦家の菩提寺です。「宗陽公の墓」と書いた道先案内板があります。宗陽公とは、松浦隆信のこと。隆信の時代の平戸は、オランダやイギリス、中国など外国との貿易が盛んで大変な賑わいを見せていました。

住所 平戸市鏡川町307
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正宗寺(2)

お寺に入ると、ずらりと並んだお地蔵様?が迎えてくれます。どのお地蔵さんもすごく安らかな表情、眺めているだけで心が癒されました。

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松浦隆信(宗陽公)の墓

正宗寺の墓地に入ると、奥の深い森の中に巨大な墓石が見えました。あまりのデカさにびっくり! 本経寺(大村市)にある大村家の墓石も巨大ですが、それにも負けないくらい大きな松浦家の墓。大村家の墓と同じく、幕府の禁教政策のもと、仏教を信仰している証として建てられたのでしょうか。

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松東院メンシアの墓(1)

一番大きな暮石の隣に佇むメンシアの墓。暮石に「松東院」書かれた仏式のお墓です。大村家から政略結婚により松浦久信に嫁いできたメンシア。宗教に無理解な嫁ぎ先で苦労しながらも、棄教せず、平戸の信者の心のよりどころとなりましたが、久信死後は、幕府の命令で江戸の仏門へ入れられ、そこで亡くなりました。

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松東院メンシアの墓(2)

時代に翻弄されたメンシアの人生に思いを馳せ、今は天国で安らかに過ごしていることを祈るばかりです。その後、お墓を出るときに気づいたのですが、なんと正面には平戸ザビエル記念教会の美しい十字架が見えるではありませんか! さっそく行ってみましょう!

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