おらしょ こころ旅

ぶらり旅

キリスト教関連の歴史文化遺産群を訪ね歩きながら、
好奇心を刺激する周辺スポットも紹介する発見の旅。
足の向くまま気の向くまま、さぁ、のんびり行きましょう!

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最新のコース
  • 2021年9月22日 公開

    仲知教会堂から赤波江教会堂へ

    新上五島町には29の教会がありますが、その中でも北部の拠点のひとつになっているのが仲知教会です。教会堂も大きくて、特にステンドグラスの素晴らしさが有名です。また、島の断崖にある赤波江教会堂は、細い山道をひたすら歩いた先にあり、その辺境の地に立つと、...

  • 2021年9月15日 公開

    津和崎港から米山教会堂へ

    中通島の北部にある津和崎港は小値賀港、有川港との航路があり、巡礼客の移動手段としても利用されています。また、津和崎港からチャーター便を利用して野崎島や小値賀港などに行くこともできます。今回は、この津和崎港から、眺めの良い道路を通って米山教会堂を訪...

  • 2021年9月8日 公開

    千々石ミゲルの父が建てた釜蓋城の跡へ

    千々石は、天正遣欧使節の一人、千々石ミゲルの生誕地です。千々石ミゲルの本名は千々石紀員(のりかず)で、父は有馬晴純の三男で、千々石淡路守直員。大村純忠の甥にあたり、有馬晴信とは従兄弟という関係です。今回はミゲルの父の直員が建てた釜蓋城の跡に建つ展望...

  • 2021年9月1日 公開

    千々石海岸を通ってミゲルの元へ

    先週は、諫早市で天正遣欧使節に随行した少年、ドラードの像を見学に行きましたが、今週は天正遣欧使節の一人、千々石ミゲルの像を見学に、千々石を訪れました。「ミゲル」は洗礼名で、本名は千々石紀員(のりかず)で棄教後は千々石清左衛門に改名。彼が一番輝いてい...

  • 2021年8月25日 公開

    高城回廊を通ってドラードさんの元へ

    戦国時代に築造されたという桃山様式の大名庭園が残る諫早市の高城回廊は市役所、高城公園、諫早公園周辺を一周する約1.3キロの情緒豊かな散策路。特に夏は樹木が日差しを妨げ、涼しくおすすめの場所です。今回はそんな高城回廊を歩いて、諫早市図書館にあるコンスタ...

  • 2021年8月18日 公開

    川棚川の遊歩道を通って、マルチノのふるさと波佐見へ

    川棚川は、佐賀県・長崎県境の桃ノ木峠を水源とし、大村湾に注ぐ二級河川で、流域は川棚町から波佐見町まで延び、周囲には田畑を望む川沿いには遊歩道が整備されています。今回は、その遊歩道を通って川棚から波佐見まで歩いてみました。波佐見は天正遣欧使節の原マ...

  • 2021年8月11日 公開

    長崎街道の彼杵宿と千綿宿をぶらり

    彼杵宿と千綿宿は、どちらも波静かな大村湾沿いにあり、長崎街道の宿場町として栄えた歴史があります。八坂神社、元禄波止場など歴史的な建造物が残る旧彼杵港から日本二十六聖人が時津へと向かった海岸に立ち寄り、その後、千綿宿、奇跡的に残ったキリシタン墓碑へ...

  • 2021年8月4日 公開

    佐世保の「無窮洞」から三浦教会堂へ

    かつて海軍鎮守府が置かれていた佐世保には、今も無線塔や防空壕など戦時中の史跡がいくつも残っています。針尾の無線塔や戸尾市場の防空壕などは有名ですが、今回は比較的あまり知られていない巨大な手彫りの防空壕「無窮洞」を訪ねてみました。また、佐世保駅近く...

  • 2021年7月28日 公開

    川棚に残るキリシタン墓碑と戦時遺構を訪ねる

    激しい弾圧の中にあっても奇跡的に残った川棚町のキリシタン墓碑。今回は、キリシタン墓碑を訪ねたあと、2つの戦時遺構に足をのばしてみました。太平洋戦争時代、海軍工廠が建てられた川棚には、今も町内のあちこちに戦争の歴史を伝えるスポットがあり、特攻殉国の...

  • 2021年7月21日 公開

    くじゃく園から川棚教会堂へ

    長崎県のほぼ中央に位置し、波静かな大村湾に面した川棚町。大村湾に大きく突き出た大崎半島は、付近に小島が点在して屈曲に富み、県立自然公園に指定される風光明媚なところで、キャンプ場や海水浴場、温泉のほか、県下唯一のくじゃく園があることでも知られていま...

  • 2021年7月14日 公開

    西海橋散歩のあと早岐のルルドへ

    1950年の着工当時は「東洋一のアーチ橋」と呼ばれた西海橋。国内初の海峡横断橋であり、戦後日本における長大橋建設の原点として2020年12月、国指定重要文化財に指定されました。今回は改めて西海橋の優美な姿と、そこから眺める針尾瀬戸の美しい潮流を堪能し、早岐...

  • 2021年7月7日 公開

    潜伏キリシタンゆかりの岩屋山へ

    今回登った岩屋山(いわやさん)は、長崎市北西部に位置する標高475.2mの山で、古くから信仰の山として崇められ、長崎七高山にも数えられています。また、禁教期には、「三度、岩屋山に登れば樫山(赤岳)に一度巡礼したことになる。三度、樫山に巡礼すれば一度ロー...

  • 2021年6月30日 公開

    中浦ジュリアンの故郷でいただく、ジュリアンアイス

    中浦ジュリアンは有馬のセミナリヨで学び、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノらとともに天正遣欧使節に選ばれ、1582年にヨーロッパへと海を渡りました。ジュリアンはヨーロッパの記録で、中浦の領主(大村氏の家臣・小佐々氏の一族)の子とあり、「館」とよば...

  • 2021年6月23日 公開

    リニューアルした資料館を訪ねて浦上へ

    長崎市のキリシタンの聖地のひとつ、浦上地区。布教から繁栄、弾圧、そして迫害による追放からの帰還、さらには原爆による被害など、浦上は度重なる苦難を受けながらも、信仰を支えに見事に復興を遂げました。今回は、そんな浦上の歴史を今に伝える2つの資料館をた...

  • 2021年6月16日 公開

    かつてのキリシタン集落を通って前津吉港へ

    今回訪れた飯良町は、キリシタンの伝統を継承しつつ、限られた土地を巧みに利用した昔ながらの集落景観が残っており、島内の宝亀や紐差、根獅子などと共に、重要文化的景観に選定されています。今回はのどかな風景が広がる飯良から中津良周辺を散策したあと、大佐志...

  • 2021年6月9日 公開

    川内峠から山野教会堂へ

    梅雨の晴れ間に平戸島に車を走らせ、緑の大草原が広がる川内峠から、江戸後期に外海から上五島に渡った信徒が再移住したとされる山野地区を訪ねてみました。ほとんど信徒だけが住むという山野集落は、名前の通り、山の中にあります。

  • 2021年6月2日 公開

    平戸で教会&寺院めぐり

    1550年、長崎県で初めてザビエルがキリスト教を伝えた平戸。一時はキリスト教が栄えましたが、松浦藩主は南蛮貿易は歓迎するもキリスト教徒にはならず、城下には寺院が多く建てられました。キリスト教と仏教が混在する風景は、今もエキゾチックな平戸を象徴する風景...

  • 2021年5月26日 公開

    城下町散策後、平戸ちゃんぽん

    1550年、長崎県で初めてザビエルがキリスト教を伝えた平戸。当時は「フィランド」として世界にも知られる国際貿易港でした。今は静かな港町ですが、高台には平戸城がそびえ、昔ながらの町家風建築に統一された街並みが目を楽しませてくれます。南蛮貿易やキリスト教...

  • 2021年5月19日 公開

    根獅子に息づく伝説の地

    根獅子(ねしこ)にあるキリシタン関連史跡にはいくつもの言い伝えがのこされています。その中でも、おろくにん様の言い伝えは、信仰を守り続けてきた根獅子の信徒たちの心に強く刻まれています。今回は、おろくにん様が眠るウシワキの森や切支丹資料館周辺を散策した...

  • 2021年5月12日 公開

    根獅子の昇天石とマリア様

    根獅子は前回訪れた春日集落と同じく、平戸松浦氏の家臣・籠手田氏の所領でした。そのため領民のほとんどがキリシタンとなり、禁教期には多くの殉教者を生みました。今でも根獅子地区にはいくつもの聖地や史跡が残っています。今回は夕暮れに訪れたせいか、根獅子の...

  • 2021年5月5日 公開

    新緑の中、春日集落から安満岳を望む

    平戸には1550年にザビエルによってキリスト教が伝えられ、領主の籠手田氏が改宗したことから 春日集落にもいち早くキリスト教が広まりました。禁教期の春日集落の潜伏キリシタンは山や島を拝むことによって信仰を実践していました。その一つが平戸島最高峰で標高約51...

  • 2021年4月28日 公開

    波の音を聴きながら「だんじく様」へ

    生月島には潜伏キリシタンゆかりのスポットがいくつもありますが、その中でも海沿いにある「だんじく様」は、この近くに潜伏していた両親と男の子の3人家族のキリシタンが捕らえられ、処刑された場所として、聖地とされています。子どもが海岸で遊んでいるところを役...

  • 2021年4月21日 公開

    巨大観音様と生月大橋を眺めながら「島の館」へ

    生月島はキリシタンの歴史はもちろんですが、もう一つ、捕鯨の歴史も大きな特徴です。その両方の歴史資料を保管・展示しているのが平戸市生月町博物館「島の館」。今回は、生月のシンボルでもある巨大観音様と生月大橋を眺めながら「島の館」をめざします。

  • 2021年4月14日 公開

    生月島をのんびり散策、山田教会堂へ

    生月島は1588年にガスパル・ヴィレラ神父によって布教が始まると、現在の黒瀬の辻には巨大な十字架が立ち、山田地区には600人ほど収容できる大きな教会堂があったといわれています。前回ご紹介した黒瀬の辻殉教地から山田教会堂まで、のんびり歩いてみました。

  • 2021年4月7日 公開

    「ふれあい広場」から歩いてガスパル様の墓へ

    平戸市中心部から車で約30分。水色の生月大橋が架かる生月島は、キリシタンの歴史が息づく祈りの島。長崎県でいち早くキリスト教が伝えられ、キリシタン文化の繁栄をみました。しかし、その後は弾圧や迫害が激しく、多くの殉教者を出しました。生月島を訪ねると島の...

  • 2021年3月31日 公開

    純忠が晩年を過ごした館跡から本経寺へ

    純忠は日本で最初のキリシタン大名となり、洗礼名をドン・バルトロメオといい、亡くなるまで敬けんなキリスト教信徒でした。晩年は、「坂口館」という大村家の館で、病とたたかいながらも、信仰の生活を送り、1587年に55歳の生涯を閉じました。本経寺は大村家の菩提...

  • 2021年3月24日 公開

    「三城七騎ごもり」の舞台、三城城跡

    戦国時代、大村純忠が築いたとされる三城城。1572年、武雄の後藤氏、諫早の西郷氏、平戸の松浦氏の1500人の連合軍から突如城を攻撃されるも、城にいた7人の武将と女、子どもら70余名の大奮闘で勝利しました。この出来事は「三城七騎ごもり」として語り継がれています...

  • 2021年3月17日 公開

    マリナ伊奈姫の墓参りのあと、ガラスの砂浜へ

    伊奈姫は、大村純忠の娘(洗礼名マリナ)で、家臣の浅田家に嫁ぎました。弾圧が激しくなると、浅田氏は大村藩の領地だった琴海の戸根に日蓮宗寺を装った庵をつくり、伊奈姫はそこで密かに宣教を行っていたと伝えられています。今回は、伊奈姫の墓を訪れたあと、天正...

  • 2021年3月10日 公開

    獄門所跡から首塚、胴塚へ

    大村市内にある殉教地の多くは、1657年(明暦3)、大村で603人の潜伏キリシタンが見つかった大事件「郡崩れ」に関係した場所です。今回訪ねた3ヶ所も、郡崩れで捕らえられて殉教した131人の処刑後の悲惨な出来事を今に伝えています。当時のキリシタン弾圧の厳しさを...

  • 2021年3月3日 公開

    放虎原殉教地から水主町教会堂へ

    3月は、日本初のキリシタン大名「大村純忠」の拠点であった大村の地を5週に渡ってご紹介します。純忠がキリシタンになったことで大村では領民のほとんどが信徒でしたが、徳川幕府のキリスト教禁止令(禁教令)によって、信徒たちは厳しい弾圧を受けることになりまし...

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