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長崎

長崎市、時津町の登録資産の一覧です。

世界文化遺産

시츠(出津)성당

1865년3월에 오우라천주당(大浦天主堂)에서 있었던 “신도 발견” 이후 9월에 프티쟝(Bernard Thadée Petitjean) 신부가 소토메(外海)를 방문하여 신자들과 접촉하였다.

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구 시츠구조원(出津救助院) 정어리 잡이 그물 공장(드로 신부 기념관

1885년에 구 시츠(出津)구조원 맞은 편에 건설된 목골(木骨) 벽돌 단층집 건물.

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구 시츠구조원(出津救助院)

5년간에 걸친 보존수리 공사를 마치고 2013년 개관한 구 시츠구조원(出津救助院).

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오우라천주당(大浦天主堂)

일본26성인에게 봉헌된 성당이며 [신도 발견]의 무대이다.

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(구)라텐신학교(舊羅典神學校)

라텐신학교는 통칭이며, 정식으로는 나가사키공교신학교(長崎公敎神學校)이다. 그리스도교가 묵인되게 된 직후인 1875년에 프티쟝신부가 신학생이나 일본인 사제 양성을 위해 건설하였다. 신학교 교사와 기숙사를 겸한 건물이었다.

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(구)나가사키대주교관(舊長崎大司敎館)

오우라천주당 건설에 앞서 세워진 초대 사제관을 1915년에 새로 지은 것.

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오노성당 (大野聖堂)

1893년에 오노(大野)주변에 사는 26개호 신자들을 위해 시츠(出津)성당의 공소로서 건립되었다.

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潜伏キリシタンの墓地(出津集落)

出津集落には、小田平墓地、菖蒲田墓地、野中墓地、畑杭墓地があり、1862年に絵図により墓地がそれぞれのコミュニティことに作られたことがわかる。

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辻神社

大野集落内にある3つの神社うちの一つ。

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門神社

大野集落内にある3つの神社うちの一つ。

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潜伏キリシタンの墓地(大野集落)

大野集落の住民は共同墓地に埋葬していましたが、解禁後に表立ってカトリックの復帰を表明したものは、庄屋や役人に共同墓地への埋葬を認めてもらえず、集落から離れたこの場所に埋葬された。

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出津代官所跡・庄屋屋敷跡

禁教期に出津集落を管轄した出津代官所と庄屋の屋敷跡があった(旧出津救助院の敷地内)。

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旧伝道師学校

この学校は、1883年に日本人伝道師の養成のために建てられた。

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大野神社

 大野集落内にある3つの神社うちの一つで、集落全体の守り神として最も社格が高く、代々庄屋が神主を務めていた。

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小濱浦

 大浦天主堂での「信徒発見」から半年後、プティジャン神父がひそかに船で外海地域を訪れた際、最初に上陸した浜辺である。

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聖画像(聖ミカエル図)を所有していた屋敷跡

禁教期初期に描かれた聖画「聖ミカエル図」を密かに所持していた潜伏キリシタンの屋敷跡地。

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「仮の聖堂」跡

 1873年のキリスト教の解禁直後、来日したペルー神父が信徒の所有地に建てた「仮の聖堂」の跡地である。

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